Twitterで書いた二次創作SSを載せていくだけの場所。 夢も腐もある無法地帯。
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ピンと立った耳。しなやかに伸びる長い尾。そこに生えた、髪と同じ艶やかな色のふわふわの体毛。
己に起きた変化を目の当たりにして、黒羽は言葉を失っていた。
「ふふっ、くろ、ほんもののくろねこみたい」
この変化の元凶であるバベルは、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。その手には大きめの手鏡があり、黒羽の姿をしっかりと映していた。
かつて朔空が用意したハロウィンの仮装を彷彿とさせるその姿は、どうみても黒猫だった。
「バベル、これは一体どうなって………」
「えっとね、みおくんが、バベルにくろまじゅつをおしえてくれたの。それでね、くろにつかってみた」
「黒魔術だと?」
あまり黒魔術などの非現実的な事を信じる方ではなかった黒羽は怪訝そうに眉をひそめる。だが、今自分に起きてきる変化はどう頑張っても説明がつけられそうになくて、信じる他はなかった。
試しに頭に生えた耳に触れてみると、きちんと感覚がある。しかも血が通っているのか、温もりも伝わってきた。
「バベルもさわっていい?」
黒羽が触れていないほうの耳にバベルの手が伸びる。自分で触るのと、他人に触れられるのでは感覚が全く違うらしく、押し寄せてくるこそばゆさに、黒羽は思わず笑いを溢しそうになった。
「バベル、あんまり触るな。くすぐったい」
「あ、ごめん。つぎはきをつけるね」
触ること自体は止めてはくれないようだ。さっきよりも優しく触れてくるバベルに、黒羽はやれやれと肩を竦めた。
とても楽しそうなバベルを見ていると、どうも甘やかせてしまう。
「そういえば朔空はどうした?俺よりもやつの方がこういうことにはノリがいいだろう?」
「さくにはもうやった」
「はっ?」
「さくはおおかみさんだった。それで、しっぽがふわふわだったからさわらせてもらおうとしたら、ぷろでゅーさーにみせてくるって、バベルをおいてはしっていっちゃった」
「そ、そうか……」
黒羽を撫でる手は止めずに、バベルは頬を膨らませる。余程、朔空の尻尾に触れたかったのだろう。
プロデューサーのところに一目散に走っていく朔空の姿が容易に想像できて、黒羽は苦笑した。
「くろはにげないでいてくれるから、うれしい」
「まぁ、この姿を大勢に晒すのも嫌だからな」
「そっか。じゃあ、バベルにひとりじめさせて」
ずっと耳を触っていた手が尾に移動する。尾は更に敏感になっているようで、触られたら直後に、毛がぶわりと逆立った。ゾワゾワとした感覚が尾の付け根から腰に伝わり、背筋が震える。
「すまん、そこはあまり触らないでくれ」
「えー」
「えー、じゃない!ものすごくくすぐったいんだ」
「……わかった」
素直に手を引いたバベルに、黒羽はほっと胸を撫で下ろした。あのまま触られ続けたらどうなっていたか。あまり想像したくはない。
「そういえば、この黒魔術とやらはどうやったら解けるんだ?」
「じかんがたてばもどるってみおくんはいってた。どれくらいかはわからないけど…」
「そうか」
あとどれくらいの時間をこの姿で過ごせばいいのか。それが分からないのは不安だったが、きちんと元に戻れると分かっただけでも黒羽には十分だった。
「ねぇ、くろ。バベル、もうひとつだけさわってみたいところがあるの」
「耳と尾以外にか?」
「うん」
他にはどこも変わりがないはずだ。体感的にそう思っていた黒羽は首を傾げる。
バベルは、そんな黒羽の頬に手を添えると、指で唇をゆっくりとなぞった。
「おい、こんなところで何をしようと……むぐっ」
キスされる。そう思ったが、どうやら違ったらしい。黒羽が口を開いた途端に、長い指が口内に侵入し、彼の舌に触れた。
思わず口を閉じようとしたが、上手く力が入らない。その隙に新たな指の侵入を許してしまった。
「わー、くろのした、すごくざらざらしてる」
黒羽の舌の感触を楽しむように、バベルの指が絡み付く。撫でて、挟んで、時々爪で軽く引っ掻いて。懸命に逃げようとする舌を玩ぶ。
ビリビリと甘い痺れが頭に昇っていく。さらにクチュクチュと唾液をかき混ぜられる音が響いて、どうにかなってしまいそうだった。
「ぅっ、んっ……」
その感覚はさっきの尾に触れられた時とは非ではなくて、黒羽は自我を保つのに必死だった。
それから、どうにかしてバベルを止めようと、彼の手を叩いたり、自分から引き剥がそうとしてみたが、上手くはいかなかった。
少し鋭くなった爪を立ててみたが、服を貫通するまでには至らず、無駄な足掻きをする子猫同然だ。
「……っんんん!」
全身を突き抜けるような甘い衝撃に、意識がぶわりと浮き上がる。そのまま気を失ってしまえれば楽だったのだが、新たな刺激がそれを邪魔した。
「ぷっ、はぁ………」
黒羽が解放されたのは、黒魔術が解けた後だった。舌が普通の感触に戻ったことに気付いたバベルが、手を止めたのだ。
黒羽はその場に崩れ落ち、未だに残る甘い余韻に身を震わせる。舌はいまでもピリピリしていて、吐息に触れるだけでもさっきまでの痺れが沸き上がってきそうだ。
「くろ、だいじょうぶ?」
出来ればそっとしておいてほしい。そんな黒羽の願いが届くことはなく、バベルは彼の背中を優しく撫でる。それすらも追い討ちになっていることに気付かずに…。
黒羽は体を丸めるようにして踞り、再び心地よさが押し寄せてくるのを堪える。
「ねぇ、またこんど、くろにくろまじゅつをかけてもいい?」
全く悪びれた様子もなくとんでもないことを尋ねてくるバベルに、黒羽はゼェゼェと肩を上下させながら、粗い呼吸に言葉を乗せたのだった。
どこからともなく歌が聞こえてきた。とても楽しげな、子供が即興で口ずさむような不規則な旋律の歌だ。そんな軽快な歌を耳にした黒羽は、その身を硬直させた。
歌声は少しずつ大きくなっていく。それに比例して、彼の鼓動はドクリ、ドクリ、と不穏に暴れだす。
黒羽は息を潜める。乱れそうになる呼吸を必死で堪え、気配を消し、歌声が通りすぎる事を強く願った。
しかし、彼のいる部屋の扉はガラッと開け放たれ、望みは一瞬で消え去ってしまった。
「くろ、みーつけたぁ」
非情にも扉を開いた人物ことバベルは、万円の笑みを浮かべていた。
いつものふわりとした柔らかな笑顔だ。まるで日溜まりのような彼の表情とうってかわって、黒羽の顔は引きつっていた。
黒羽は知っている。彼の歌の示す意味を。そして、これから自分に訪れるであろう結末を。嫌という程に知っていた。
「どうしたの?ぐあいがわるいの?」
「いや、そういうわけではない。それより、俺を探していたのか?」
「うん、バベル、くろをさがしてた」
ニッコリ。そんな言葉がぴったりな顔で、バベルは黒羽を見下ろす。
「バベルね、くろといっしょにぽかぽかしたくなった。だから、ぎゅーってさせて」
そう答えたのと、彼の腕が黒羽を包んだのは同時だった。逃げる隙もなく、その腕の中に捕らえられてしまう。
密着した互いの心臓が、違うペースで律動しているのをありありと感じた。
「ふふっ、くろ、あったかい。しんぞうも、すごくどきどきしてる」
服超しに伝わる熱に、バベルは幸福そうに頬を緩めている。ぎゅっと手に力が入り、もっともっとと甘える姿は、まるで大きな子供だ。きっと端からはそう見えているのだろう。
しかし、黒羽は違う。彼にははっきりと彼の変化が見てとれていた。
澄みきった水のような清らかな瞳に、艶やかな色が深まっていく。あどけなさに怪しげな影がかかっていく。
ライブの時に見せる凛々しい雰囲気とはまた違う、妖艶な気配が彼を包んでいく。
「もっと、どきどきして」
バベルの指が黒羽の横髪を絡めとる。そうすることで露になった彼の耳元でバベルは甘く囀ずった。
「みみがあかくなった。かわいい」
うっとりとした吐息混じりの声と軽いリップ音に、黒羽の背筋はゾワゾワと粟立っていく。
それに気をよくしたバベルは、何回か彼の耳に唇を押し当てた。じわりと膨れ上がっていく熱を堪能するように、何度も何度も啄んでいく。
耳から伝わる柔らかな感触は甘美な痺れとなって黒羽の全身を駆け巡る。それに呑まれないようにと堪えるのが精一杯で、抵抗なんて出来そうになかった。こうなると、バベルが満足するまで待つしかない。
「くろのからだ、すごくぽかぽかになった」
五分、十分……。どれくらいの時間が経過しただろうか。
燃えるように火照った黒羽を、バベルは思いきり抱きしめる。まるで子供がぬいぐるみを大切に抱えるように、しっかりと腕に力を込める。
黒羽はぼんやりとした思考の中で、未だに残る甘い余韻を感じていた。
(こいつにも困ったものだ……)
本人は甘えているつもりなのだろう。人の温もりを強く求めているだけなのだろう。
出来ればその思いに応えてやりたいと思う。思うのだが、毎度こうやって温もりを得るために愛撫される事へと強い抵抗は拭えずにいた。そして、これからもずっと慣れることはないだろう。
「くろ…」
「どうした?」
「こっちむいて」
ふわり、と唇に柔らかい熱が広がる。ただ触れ合うだけの軽い口付けなのに、たったそれ一つでどうにかなってしまいそうだ。
「くろ、だーいすき」
うっとりと細められたバベルの目には色情の気配が宿っている。それに本人はまだ気付いていない。
(頼むから気付かないでくれ)
バベルの目を見詰め返しながら、黒羽は願う。
純粋な愛情だけならいくらでも与えて構わない。だが、それ以上のもっとドロドロとした欲情を向けられる日が来たとしたら……。そう思うと恐ろしくて堪らなかった。
きっと、自分も彼も、止まれない。堕ちるところまで堕ちてしまうだろうから。
ふと、またあの歌が聞こえてきた。これまで何度も耳にした、バベルが黒羽を求める時に歌う歌。
これはサインだ。黒羽とバベルしか知らない、二人だけの、形のない、目には見えないサイン。それが示すのは純粋な愛慕か、それとも………。
アイドルという職業は多忙だ。いや、厳密にはアイドルの途中段階なんだが、それでもプライベートの時間を作るのは容易ではない。
それが誰かと予定を合わせようものなら、尚更だ。
現にやっとのことで調整した休みだというのに、外は生憎の雨。しかも台風だ。
「なぁに不貞腐れてやがる」
「別に不貞腐れてなどいない。お前の腕が邪魔なだけだ」
「悪いなぁ、俺はお前よりデカいからやり場に困るんだよ」
暗い部屋で、テレビの明かりだけがぼんやりと光を伸ばしている。そこに映される動物ドキュメンタリー映画を、轟一誠と何となく眺めていた。
いや、見ているのは俺だけだ。やつはさっきから俺にちょっかいばかりかけて遊んでいる。テレビなんて全く見ていない。
「おい、テレビを見ないなら切れ。電気代が勿体ないだろ」
「あ?何だよ、退屈しねぇようにつけてやったのによぉ?」
「これは赤羽根双海が置いていったDVDだろ。何故お前の家まで来てナマケモノの映像を延々と見せられなくてはならないんだ」
「仕方がねぇだろ。これくらいしか時間を潰すものがねぇんだよ」
轟一誠は全く悪びれた様子を見せない。それどころか、笑いだす始末だ。
折角の休みだというのに、こいつはこんな過ごし方でいいのか?俺には理解できない。
「何か言いたげな顔してるな」
「お前のせいだろう」
「そうかよ。 それならお前は何がしたいのか教えてくれよ」
轟一誠の腕が腰に回される。いい加減にしてほしくて振りほどこうとしたが、やつの腕はビクリとも動かなかった。
横目で見上げると、挑発するような目と視線が重なった。
「なぁ、お前は俺と何がしたいんだ?」
さっきよりも一段と低い声に、鋭い視線に、一瞬だけ気圧されそうになる。すぐに我に返ったが、一度乱れた鼓動はしばらく落ち着きそうになかった。
それを悟られるのも癪だったから、俺もやつを睨み返す。恐らくこいつには意味のない抵抗かもしれないが、しおらしくしてやるつもりなど更々ない。
「俺はお前をもっと見ていたい。お前と、今ここでしか出来ないことがしたい。それじゃ不満か?」
「いいや、悪くねぇ」
轟一誠が嗤う。暗がりの闇のせいで、やつの目がいつもより一層煌めいて見えた。
だが、やつの顔を拝んでいられるのも束の間だった。視野が回り、心もとない光を放つ照明が灯る天井が現れる。
「お前から煽ったんだ。楽しませてくれよ?」
「俺をその気にさせられたら考えてやる」
「生意気なこと言ってくれるじゃねぇか。優しくしてやらねぇから覚悟しろ。あぁそうだ、ちょっとくらいなら鳴いてもいいぜ?この雨だ、お前の声も洗い流してくれるだろうよ」
再び俺の視野を埋め尽くした奴は、危険な光を孕んだ目をしていた。
珍しくバベルが落ち込んでいた。いや、これは落ち込んでいる…のか?
ライブの打ち合わせを始めてから数時間が経過した。朝からかなり話し込んだから、それなりに構成や演出についてまとまってきたのはいいんだけど、会話の所々に紛れ込んでくるバベルの溜め息の数が尋常ではなくて、ずっと気になって仕方がなかった。
当の本人は無意識みたいだけど、俺と黒はそうもいかない。特に黒は時々眉間に皺を寄せていた程だ。
「バベル、ちょっといい?」
このまま話を続けていても埒が明かない。だから、区切りのいいところで思いきってバベルに話を振ってみたのだった。
いつもの黒なら『雑談なんて時間の無駄だ』って怒るけど、今回は目を瞑ってくれたみたいだ。お咎めの言葉は返ってこなかったから、そのまま話を進めるとこにした。
「さっきからずっと溜め息を吐いてるみたいだけど、何かあった?」
「んー、バベル、ためいきついてた?」
「うん、かなり。ものすごく気になってたんだけど…」
俺の言葉に賛同するように黒も頷く。
バベルは言われて漸く気付いたみたいだったけど、思い当たる事があったみたいだ。一瞬だけハッと目を見開いたかと思うと、しょんぼりと眉を八の字に下げてしまった。
「もしも嫌じゃなかったら、俺達に話してよ?」
「え、でも、これはバベルのもんだい」
「そんなの気にしちゃ駄目だよ。同じグループのよしみだし、相談くらいのるよ」
「あぁ、お前がそんな調子だと話が進まない。さっさと話せ」
「……くろ、さく、ありがとう」
バベルの沈んでいた表情に少しだけ明るさが戻ってた。たったそれだけの変化だけど、見ていて何だかホッとする心地だった。
それにしても、バベルがここまで悩む事なんてあるんだなぁ。
「バベル、ここまえ、あのこにちゅってしたの」
「ん?」
リベルセルクの誰かと何かあったのか、なんて思っていたけど、いきなり惚気話が始まった。
バベルが言っている『あのこ』には心当たりがある。寧ろ、一人しか思い付かない。少し年上のエトワールのスタッフちゃんだ。バベルがあの人を慕っているのは、俺も黒も知っていた。いや、アイチュウなら誰でも知っているかもしれない。
「あのこからあまいかおりがしてた。だから、ちゅってしたらおいしそうだなっておもって、くちびるにかるくきすしたの」
おー、バベルったら大胆なことするなぁ。
「すごく、すごく、おいしかった。だから、がまんできなくてよくばった」
「へぇ………」
普段はぼんやりしてるくせに、時々発揮される行動力には驚かされる事がある。今回もそうだった。
面食らってしまって、バベルの言ってることが上手く頭に入ってきていない。
つまり、スタッフちゃんが好きすぎてキスして止まらなくなっちゃって事……でいいのかな。本当に、何をやっているんだか。
俺だってプロデューサーちゃんにそんなことした事ないとに。ちょっと羨ましい。
「はぁー、お前は何をやっているんだ」
黒も頭を抱えているみたいだ。うん、分かるよ。身内のディープな恋話ってどう反応していいのか困るよね。
「バベル、あのこをなかせちゃった。それから、バベルとめをあわせてくれなくて…。バベルのこと、きらいになってたらどうしよう」
呆れる黒と、苦慮してる俺と、今にも泣き出しそうなバベル。何この空間?
「まぁ、そこまで深刻に考えなくても大丈夫だとは思うけど」
「でも……」
「大丈夫だって。たぶん照れてるだけでしょ」
取り敢えず、バベルの頭を撫でて慰める。俺より大きい筈なのに、今は縮こまっていて小さく感じてしまう。
今はあんまりキツイ事は言わない方がいいだろうから、念のために黒に目を向ける。俺の言いたい事を察してくれたみたいで、黒は小さく頷いた。
「アイドルを目指す者として色恋沙汰に現を抜かす事にはあまり賛同出来ないが、誰だって過ちはおかしてしまうものだからな。次からは気を付けろ」
「そうそう。さっきも言ったけどさ、別にスタッフちゃんに嫌がられたわけじゃないんでしょ?」
「でも、ないてた」
「いや、それは………」
ぶっちゃけ、キスされ過ぎて感じちゃっただけじゃない?
そう言おうとしたけど、黒に脇をどつかれて阻まれた。普通に痛い。
軽く黒を睨むと、シレッと目を反らされた。酷いなぁ。
「ねぇ、黒」
「何だ?」
やられっぱなしじゃ癪だから、仕返しがてら黒を手招く。怪訝そうな顔をしながらも、黒は少し俺の方に振り向いた。その隙に黒の胸ぐらを掴んで、自分の方に引き寄せる。
「おい、何をする。服が延び……んっ⁉」
文句を言おうと開いた口をそのまま塞いでやった。ついでに舌も絡める。
さっきまで俺に撫でられていたバベルに見せつけるようにして、何度も口を重ね直す。
「さ、さく⁉」
これにはバベルも仰天したみたいで、伏せがちだった目を見開いていた。
一方で黒は必死で俺から逃げようとしていたけど、すぐに力は抜けていった。みるみる顔が赤くなって、息継ぎの度に抵抗が弱まっていく。腰を撫でるとビクッと体が跳ね上がって、更に色を増していく。
「っはぁ……朔空、お前、何して……」
「うわぁ、黒ったら厭らしい顔」
「何をふざけて……」
「ふざけてないよ。バベルに教えてあげようと思ってさ」
黒を解放して、バベルの方を見る。
「あのさぁ、今の黒とバベルがキスした後のスタッフちゃんって似てない?」
「うーん……にてるきがする」
「それなら大丈夫。これ、嫌じゃなくて気持ちがいいって顔だから」
「きもちがいい?」
「そうそう」
勝手に話を進められて、黒は何か言いたげな目をしていたけど、呼吸を整えるのに必死みたいだった。ちょっとやり過ぎてしまったかもしれない。
「くろ、だいじょうぶ?」
肩を上下させながら、黒は頭を縦に振る。
「きもちがよかった?」
「⁉」
これには流石に認めたくなかったみたいだけど、心配そうなバベルを見て諦めたらしい。渋々と頷いていた。
そこでようやく、バベルにいつもの明るさが戻ってきた。ふわふわした笑顔浮かび上がる。
「そっか、バベル、きらわれたわけじゃなかったんだ。よかった。さく、くろ、そうだんにのってくれてありがとう」
「いやいや、これくらいならいつでも相談にのるよ」
「あぁ、そうだな」
黒もやっと落ち着いたみたいだ。まだ目は潤んでるけど、めちゃくちゃ怒っている。あ、これはやり過ぎたかもしれないな。
「バベルの悩みも一段落ついたんだ。一旦休憩を挟んで、打ち合わせを再開するぞ」
「はーい」
「了解」
不安がなくなって気持ちが晴れやかになったバベルは、ルンルンと軽い足取りで部屋を出ていく。俺もそれに続こうと立ち上がる。
黒の苛立ちがおさまるまでプロデューサーちゃんのところに行って癒しを補給しよう。
そう思い立って部屋を出ようとしたけど、黒にガッチリと腕を掴まれて邪魔された。
「何するの?俺、プロデューサーちゃんのところに行きたいんだけど」
「行かせると思うか?」
腕を掴む力が強くなっていく。痛いくらいだ。
「黒、顔が怖いんだけど…」
「誰のせいだ?」
「ごめんって。謝るから赦してくれない?」
「赦すわけがないだろう」
あ、これは駄目だな。どう考えても逃げ出せない状況に苦笑する。
そうしている間に、目をギラつかせた黒の顔が近付いてきて…
「次はお前が泣け」
俺の息が止まった。
ファンから贈られるか、仕事で触るか。花との関わりなどそれくらいだろう。そもそも仕事が忙しくて家でのんびり植物の世話などしていられないし、そんな自分の姿など想像も出来ないでいた。
だから、ズイッと差し出された赤黒い花を目の前にして、どう反応するべきか頭を悩ませたのだった。
「おい、それをどうするつもりだ?」
「何って一誠さんにプレゼントしに来たんだよ!」
今回この花束を持ってきたのはファンでもスタッフでもない。後輩であり、同じ事務所に所属する及川桃助だ。
彼はえへへ、と太陽みたいな笑顔を浮かべている。その眩しさと花の鮮やかさに、轟一誠は目眩を感じた。
彼が何を思ってこんなことをしているのか、さっぱり理解出来ない。
「俺に花なんて持って来んな。似合わねぇだろーが」
「そんなことないもん!」
「あ"?」
思わず凄んでしまったが、及川桃助は全く動じた様子はなかった。何かあるとすぐに『ふぇぇー』と涙目になるはずなのだが、今の彼に気の弱さは全く感じられない。
それどころか、更に花束を轟一誠に押し付ける。その強引さに、彼の方が動揺したくらいだ。
「一誠さんって赤色似合うでしょ?このお花さんも赤色だし、薔薇だから雰囲気も大人っぽくて素敵だよ」
これでもかと近付く花から、落ち着いた香りが漂ってくる。あまり甘みの少ない香りをした品種のようだ。
「これね、桃が育てたお花さんなんだよ。たくさん咲いたから、一誠さんにあげたくなったの?ねぇ、もらってくれない?」
「ちっ、仕方がねぇな」
「やったー、ありがとう!」
きっとどれだけ凄んで見せても、彼は諦めないだろう。それならば、こっちから折れた方方がいい。
轟一誠はそう自分に言い聞かせ、半ば奪い取るようにして花束を受け取った。
乱暴な素振りをされても、及川桃助の笑顔が崩れることはなかった。それどころか、喜びに目をキラキラと輝かせていた。余程嬉しかったのだろう。
「えへへ、嬉しいなぁ。大切にしてね」
「おぅ、もらっちまったからには枯れるまで世話してやる」
「ありがとう!じゃあ、桃はお仕事があるから、もう行くね!」
花の残り香を髪に纏って、及川桃助は弾む足取りで彼の元を去って行った。その姿はみるみる小さくなっていく。
まるで爽やかな風のようだ。
轟一誠は彼の姿が見えなくなってからも、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「あれ一誠じゃん。花束なんて持ってどうしたの?もしかして、コレ?」
さて、この花束をどうしたものか。そんな事を考えていると、聞き慣れた声が背後から迫ってきた。赤羽根双海だ。彼の少し後ろでは、三千院鷹通が不思議そうに花束を見つめていた。
やって来て早々に笑えない冗談をかましてきた赤羽根双海に、轟一誠は眉を潜める。
「ふざけたこと抜かしてるんじゃねぇよ。それより、今日は取材じゃなかったのか?」
「さっき終わったところ」
「そうかよ」
「ねぇ、話反らさないでよ。それ、どうしたの?」
「しつけぇな。及川から押し付けられたんだよ。自分で育てたんだとよ」
やたらと絡んでくる赤羽根双海に苛立ちながらも答える。しかし、当の本人はヘラリとして全く怖がる様子も反省する様子もなかった。
だが、三千院鷹通は違った。
「それは本当に及川桃助からもらったものなのか?」
「あ"ぁ?さっきそう言ったろ」
「……すまない」
「どうした、何かあんのかよ?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
何か思うところがありそうだったが、彼は口を閉ざしてしまった。気にするなと言われても、気になって仕方がないのだが、無理やり口を割らせるのもどうかと思い、轟一誠はモヤモヤした気持ちと苛立ちを溜め息と一緒に吐き出した。
「おしゃべりは終わりだ。さっさと帰るぞ」
「はいはーい」
轟一誠に赤羽根双海が続く。
「黒い薔薇。まさかなぁ……」
微かに脳裏に過る疑念を振り捨てて、三千院鷹通も後を追った。
黒い薔薇の花言葉は『貴方はあくまで私のもの』
酷く反抗的な目が俺を見上げてくる。その身を拘束されて、無様にも床に這いつくばり、荒息をたてるそいつの姿は、まさに獣だった。
「中々似合っているじゃないか」
「てめぇ……何のつもりだ」
「そんなの分かりきっているだろう、躾だ」
「はぁ?躾だぁ?ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ」
わざわざ猛獣に相応しいようにと口輪をつけてやったのに、それでもこいつはギャンギャンと吠えたてて煩くて仕方がない。まぁ、いきなり拘束されて獣同然に扱われれば俺でも不愉快にはなるのだが、今はそんなことはどうでもいい。
折角こいつを捕らえたんだ。さっさと主人が誰なのかを思い知らせてやらなければ。
「あまり生意気なことはするな。酷くするぞ」
牽制の意味を込めて、奴の首輪に繋がったリードを引く。軽く首が圧迫されたのだろう、少し奴の声が小さくなった。
「はっ、やれるもんならやってみろ」
「そうか、お前がそう言うなら仕方がない」
こいつの性分だ。初めから素直に従属するとは思っていなかったが、これは中々に骨が折れそうだ。仕方なくさっきより強くリードを引くと、流石に息が詰まったのか大人しくなった。
さて、こいつはどのくらい躾れば大人しくなるだろうか。いや、そう簡単に心が折れてしまっても面白くない。いかにこのまま買い殺せるのかを楽しんだ方がいい。
しばらくしてから手の力を緩める。ようやく呼吸の赦されたこいつは、吠えることも忘れて懸命に酸素を求めていた。その姿があまりにも滑稽で、思わず笑いが込み上げそうになる。
「さて、自分の身の程は理解できただろう」
「くっそ……」
涙を浮かべた目で睨まれても何も怖くはない。寧ろ、加虐心を駆り立てられて仕方がない。
さて、まずは手始めに何をしてもらおうか……。
「獣らしく、主人に愛想よくすり寄ってみろ」
側にあった椅子に座して、奴の口輪を爪先で押し上げる。まだ息が整わないこいつは、文句こそ言わないものの、低く唸りをあげていた。
奴の瞳の奥では反抗の炎が燃えたぎっている。まるで煉獄だ。
今、この口輪を外そうものなら容赦なく噛みついてくるに違いない。それも構わないが、今はこの姿を堪能するのもいいだろう。