月を模した白銀の照明が、ステージを妖しく照らし出す。不気味な樹木、毒々しい色の果実、それを包み込む深い霧。何も見えない暗闇の中から魔物が襲い掛かってきそうな、恐ろしい異世界がそこに広がっていた。
そんな魔界と呼ぶに相応しい舞台で、鮮血の帝王ことエヴァ・アームストロングは美声を震わせていた。
闇色のマントに散りばめられた無数の装飾は照明を反射して輝き、幻想的な影を作り出す。黒い口紅を引いた薄い唇から紡がれる歌声は、まるで呪文のようにそれを聴く者を魅了していく。幼さを残した風貌とは裏原に、その堂々たる姿は正に魔王そのものだ。
舞台を見上げる少女達は皆、彼の贄だ。魔性の歌声に心奪われ、誰も彼もがうっとりと魔界の世界へ誘われていく。その先導者たる彼から、何人たりとも目を離せずにいた。
ふと、エヴァ・アームストロングの目が見開かれる。それはほんの一瞬で、霧と光に遮られた少女達が気付くことはなかった。
だが、次の瞬間。威厳に満ちていた彼の表情は優しく歪んだ。眼光から鋭利さが消え、代わりに愛念が溢れだす。
その慈愛に満ちた眼差しに、あたりから悲鳴が上がった。辺りの大気をビリビリ震わせるほどの歓喜の絶叫が沸き上がる。
聞くものを殺すといわれているマンドレイクの悲鳴のような歓声。それを全身に浴びても尚、エヴァ・アームストロングは壮麗を崩さない。その優美なテノールを奏で続けた。
贄の心が更なる深淵に堕ちていく。魔王に魂を奪われていく。
だが、盲目な彼女達は気付いていない。彼のあふれんばかりの優しい視線の先が、一人の青年に向けられていた事を……。
観客席のさらに向こう側、スタッフ用の控え。その闇に紛れて、青年もまた優しい微笑みを携えていた。魔王と同じ色の瞳を細め、彼の笑顔を独占し、それに悦していたのだった。