3章20話後の、とある一時のお話。
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今日もエトワール・ヴィオスクールは朝から賑やかだった。わいわいと楽しげに談話しながら校舎を目指す4人の影が、朝の爽やかな光の中で揺れている。
エヴァ、澪、蛮、バベルだ。
ユニット、血縁。そんなありきたりな縁を越えた『家族』という絆で結ばれた彼らは、秋風の寒さなど感じさせないくらいの温もりに包まれていた。その仲睦まじさは、見ている方まで温かな気持ちにさせる程だ。
「エヴァ君達、本当に仲がいいよねぇ」
そんな4人の少し後ろを歩いていた双海は、普段から緩んでいる表情をさらに和らげながら呟く。その隣を歩いていた鷹通も、わずかに目尻が優しく垂れていた。
「まぁ、あいつらは何というか……保護者と子供みたいな感じだからなぁ」
「あー、分かる」
鷹通が相槌をうつ。それが嬉しくて、双海はにんまりとしたまま、一歩後ろを歩いていた一誠にも問い掛けた。
「一誠もそう思わない?」
だが、一誠はぶっきらぼうに顔をしかめたまま、
「は?知らねぇよ」
とだけ短く言い捨てた。
彼らしい返答に、双海と鷹通は顔を見合わせて苦笑する。きっと端から見れば無愛想に見えてしまうかもしれない。でも、ただ多くは語らない性分なだけであって、素っ気ないわけではないことは分かっていた。
長い付き合いだからこそ、分かるのだ。
「そういえばさ……」
「何だよ」
双海は笑みを崩さず、一誠の顔を覗き込む。何か企んでいそうなその様子に、一誠は眉間に皺を寄せた。
「一誠ってさぁ……」
エヴァをはじめとしたRE:BERSERKは彼等Lancelotと同期だ。そしてリーダーでもある一誠は、双海や鷹通よりも打ち合わせやリーダー会などで他のユニットとの交流も多い。特に同じくリーダーを勤めるエヴァなら尚更のはずだ。
だから気になった。いや、ずっと前から気になっていたけど、これまで聞くことができないでいた疑問を、双海はぶつけた。
「エヴァ君とは結構普通に接してるよな。年上なのに……」
「おいっ!」
その言葉にいち速く反応したのは一誠ではなく、鷹通だった。一誠の心の蟠りに踏み込んだ双海の問いかけは、あまりにも無神経過ぎる。そう咎めるような叱咤に、さっきまで和んでいた空気が若干張り付めた。
「別に構わねぇよ」
だが、一誠は気にした素振りをみせることはなかった。それどころか、やれやれと息を大きく吐き出しながらも、その表情は穏やかだった。
「まぁ、何だ。ほら、あいつはあんまり年上って感じがしねぇだろ。チビだし、からかい甲斐もあるしな」
最後にはクックッと喉を鳴らして笑いだした一誠に、再び場の空気は落ち着いた。
嫌な予感が杞憂に終わり、鷹通はほっと息を吐く。双海はといえば、始終笑ったままだった。
「ほら、ボサッとしてねぇでさっさと行くぞ。遅刻したらあいつが煩いからな」
「あぁ、そうだな」
「あと、お前は朝から変なこと聞いてくるんじゃねぇよ」
「痛ぁ!」
一誠の掌がバシンッと双海の背中を力強く叩く。その痛々しい音と、双海の悲鳴は、共鳴して晴れた空に響いて吸い込まれていった。
「酷いなぁ…」
「ふん、自業自得だろ」
「鷹通坊っちゃんまで冷たい……」
わざと泣き真似を始めた双海を横目に、一誠は笑いを溢す。それから、前を進んでいるエヴァを一瞥した。
実際、自分は彼をどう思っていたのだろうか……なんて、らしくもないことを考える。
だが、少なくとも悪い印象はなかっただろう。俗に称される厨二的な物言いは時に理解出来ないことはあったが、それは別だ。
彼はあの幼い風貌で、実はしっかりと保護者としての任を負い、果たしている。そして、決して『家族』を見離すことはない、そんな芯の通った強さを持っている。その小さな体で大人びた本性を隠し、自分よりも大きな守るべき者達に手を差し伸べ、時に必要があれば背中を押している。それを一誠は知ってきたし、自分の嫌悪する大人とはかけ離れていることも理解していた。
「まぁ…嫌いではねぇな」
ぎゃーぎゃーと別の口論を始めた二人をよそに、一誠は一人ごちる。その言葉は誰に聞かれるでもなく、静かに溶けていった。