どちらが先に惹かれたのか、今ではもう分からない。互いに違うグループに所属していながら、年が近いからか合同で仕事をする機会は前からそこそこあったから、きっかけは些細なことだったのだろう。
それでも告白された時のことは今でもはっきりと覚えていた。
「たかみちくん、すきだよ?」
仕事の途中。少し休憩を挟もうとした時だった。
何の前触れもなくバベルからそう言われて、初めは友好的な意味での『好き』なのだろうと思った。そもそもこいつと恋という感情が結びつかなかったというのもある。子供が家族や友達に向ける『好き』。それを俺にも抱いてくれているのだろう、と。
だから油断したんだ。
「んっ……」
当然顔に手を添えられて、さっきまでふわりと笑っていた筈のバベルの表情は真剣なものに変わっていて。突然のバベルの行動に動揺して硬直してしまい、そのまま唇を奪われた。
軽く触れあうだけのキス。
男にされても嬉しい筈がない。そう思っていたのに、この時されたキスは嫌ではなくて、寧ろ心地のよいものだった。
バベルが持つ独特の雰囲気がそうさせたのか、無意識に俺もこいつを好きになっていたのか。はたまたその両方か、どちらでもないのか。
その答えは分からず終いだが、これが俺とバベルの関係の始りだった。その筈なのだが………
「んー、どうしたの?」
「いや、何でもない」
俺達の活動はグループや個人でバラバラだ。そのせいで学園内でこうやって顔を合わせられる機会はそこまで多くない。しかもプライベートで会うようなことはなかったから、今日はかれこれ8日ぶりの再開だった。
それなのにさっきから延々と他愛もない言葉を交わしているだけで、そこにはロマンもなにもありはしなかった。
そもそも俺達はあまり恋人らしいことをした試しがなかった。時々バベルから不意打ちで口付けられるくらいで、あとは談話して終わり。それ以上の進展はまるでなかった。
別に今以上に踏み込んだことをしたいとは思っているわけではないが、少し物足りなさは感じていた。現に、楽しげな話を紡ぐバベルの唇から目が離せないでいた。
「きょうのたかみちくんは、なんだかそわそわしてるね」
「そ、そうか……」
「うん、いつもよりぼんやりしてる。バベルとおはなししてるのに、こころだけふわふわ~ってべつのところにおでかけしてるみたいだよ」
バベルの言葉にドキリとしてしまった。自分では気付いていなかったが、どうやら余計な事をあれこれと考えてしまっていたみたいだ。
さて、どうしよう。これを機に今の気持ちを伝えるべか。それとも黙っているべきか。
「………おい、何をしている?」
「たかみちくんがちゃんとバベルのことをみてくれるように、おまじない」
ふと、バベルに片手を握られた。しかも指を絡ませる、所謂恋人繋ぎというやつだ。これまでこんな手の繋ぎ方なんてしたことはなかったし、バベルの手は俺よりもずっと大きいから包み込まれた形になって、鼓動が乱れた。
「どう?どきどきした?バベルのこと、かんじてくれた?」
「あ、あぁ……もちろんだ」
「ふふ、よかった」
柔らかにバベルの頬が緩む。つられてこちらまで穏やかな気持ちにさせられそうになったが、手から伝わるバベルの体温がそれを邪魔した。
触れた箇所で俺とバベルの体温が合わさり、溶け合って、どんどん熱を増していくのが分かる。どんどん煩くなる鼓動が煩わしいのに、同じくらいに心地がいよかった。
「たかみちくんのかお、あかくなってきた。かわいい」
「なっ、可愛いはよしてくれ」
きっと今の俺は情けないくらいに惚けているんだろう。だが、面と向かって可愛いと言われるのはやはり気恥ずかしい。
屈託のない笑顔を浮かべて真っ直ぐにこっちを見つめられて、思わず逃げるように顔を背けてしまった。意識すればするだけ顔が熱くなる。
「むー、なんでめをそらすの?バベル、もっとたかみちくんのかおみたい」
何でこうも恥ずかしくなる事が平気で言えるのだろうか。さっきまで物足りなささえ感じていた筈なのに、今では完全にバベルのペースに呑まれている。
これも『おまじない』とやらの効果なのだろうか…。
「ねぇ、どうすればバベルをみてくれるの?」
「手を………」
「うん?」
「そのまま強く握っていてくれ。落ち着いたら顔を上げる」
今はそれ以外に何も頼めそうになかった。おそらく、これ以上のことをされてしまったら心臓が保たないだろうから……。