激しく揺れるロケバスの中で、黒羽はすやすやと寝息を立てていた。ここ最近仕事が詰まっていたせいだろうか、どれだけ運転が荒くなろうとも、彼が起きる気配はない。
「この状況でよく寝れるよね」
「たくさんたくさんがんばったから、つかれちゃったんだね」
黒羽を挟むようにして座っていた朔空とバベルは、そっと寝顔を覗き込む。流石に眠っている間は気が緩んでいるのだろう。いつもの張りつめた面影はなく、あどけなさが見え隠れしていた。
「黒も寝てる時は可愛げがあるよね」
「そう?くろはおきててもかわいいよ?」
「それ本気で言ってる?まぁ、からかい甲斐があるって意味では可愛いかもしれないけど」
朔空は黒羽の頬を人差し指で軽くつつく。柔らかな頬はぷにぷにしていて、やんわりと朔空の指を押し返す。そんな僅かな弾力の感触を楽んでいると、途中でくすぐったかったのか黒羽は「んん………」と小さく唸った。そのまま朔空に背を向けるように体勢を変える。
「さく、くろにきらわれちゃったね」
必然的に自分の方にもたれるかたちとなった黒羽に、バベルは嬉しさを隠すことなくニコリと笑う。それが面白くなくて、朔空は少しだけ眉をひそめた。
「うふふー、さく、やきもちやいてる。かわいい」
「はぁ?そんなわけないじゃん」
「そんなことあるよ。だって、いまのさく、くやしそうだし、さみしそうだもん」
バベルは微笑んだまま、黒羽を巻き込んで朔空に腕を伸ばした。そのまま二人とも一緒に抱き寄せる。朔空はむくれたままだったが、引き寄せられるままに体を傾けた。
バベルと朔空にぎゅーぎゅーに挟まれた黒羽は少し息苦しそうに呼吸を乱したが、やはり眠ったままだった。
「バベルは、さくもくろも、おなじくらいだいすきだよ。ねぇ、さくはバベルたちのこと、すき?」
「さぁ、どうだろうね」
「すきじゃないの?」
「俺が好きって伝えるのはプロデューサーちゃんだけだから」
「むー、さくのいじわる」
バベルの腕に力が入る。更に車が急カーブした勢いも加わって、三人の体はより一層密着した。
▪▪▪▪▪
もうすぐ、学園にたどり着く。窓の外の光景が見慣れたものになっていく。
その頃にはバベルも疲れ果ててしまい、眠ってしまっていた。黒羽ももちろん夢の中で、起きているのは朔空だけだった。
朔空は車に揺られながら、自分にもたれる二人を見下ろす。
「二人して間抜けな顔しちゃって、笑える」
眠った後もバベルの手はしっかりと朔空に回されたままだった。今なら簡単に払い除けることもできるが、彼の手が離れることはなかった。朔空がさせなかった。
「まぁ、二人とも嫌いじゃないよ。好きだなんて起きてる時は絶対に言わないけど、その方が俺らしいでしょ?そういうわけだから、好きはお預けかな。ごめんね」
運転しているプロデューサーにも、側にいる二人にも届かないくらい小さな声で、朔空はそっと囁いた。