自分がお酒に弱いという自覚はなかったし、寧ろ普段ならそこそこ楽しんで飲める方だと自負してる。そのはずなのに、今日はどうもダメな日だったらしい。
胃がキリキリと痛んで、中にあるものを全て外に出そうと震えている。頭痛も止まらなくて、脈動に合わせて頭の中を激しく揺さぶられているようだ。それだけでも十分に気分が悪いのに、隣からご機嫌に絡んでくる黒の声がギャンギャンと響いて、今にも吐きそうだった。
「どうしたんだ、朔空?全然グラスが空いてないぞ?ほら、もっと飲んだらどうだ?」
まるで厄介な酔っぱらいだ。いつもなら面白い酔い方をしてるなぁ、って傍観して楽しむんだけど、今の俺にはそんな余裕は微塵もなかった。
今すぐにでも払い除けてやりたい。それなのに、震える指先には全然力が入りそうになかった。きっと、これ以上飲んだら救急車を呼ぶはめになるかもしれない。まぁ、俺が酔い倒れても今の黒が救急車を呼ぶとは思えないし、頼みの綱のバベルはとっくに寝息を立ててるから、翌朝まで放置される気もするんだけど……。
俺、明日まで生きてられるかな?
未だに黙ろうとしない黒の言葉を聞き流しながら我が身の心配をしていると、不意にぐらりと視界が回った。
ついに体の限界がきたのかと思ったけど、目眩が起きたわけではなかったみたいだ。ピントが合った視界に酒気を帯びた黒の顔がドアップで映っていたから……。
「黒、何やってんの?」
「お前が無視を決め込むからだろう。どうした?俺と飲むのは楽しくないのか?」
「面倒くさい酔っ払いに絡まれて楽しいわけないじゃん」
「誰が酔っ払いだ!俺は酔ってない!」
「酔ってる奴はだいたいそう言うんだよ」
俺に覆いかぶさってくる黒の肩を、試しに押し返してみる。案の定ビクともしなくて、ただ肩に手を添えただけになってしまった。
それをどうやら誘っていると勘違いしたみたいで、黒の顔が悪く歪んだ。
「何だ、シてほしかったのか?仕方がないな」
「違う!違う!勝手に一人で盛らないでくれる?」
あぁもう、本っっ当に面倒くさい。いつもなら簡単にあしらえるのに、それが出来ない事も相まって苛立ちが募っていく。いっその事股間を蹴りあげてやろうかと思ったけど、今の状況だと誘っていると更に勘違いされかねないから止めておいた。
アルコールの匂いを帯びた黒の息が吹きかかって気分が悪い。このままキスされたら、黒の口に吐瀉物をぶちまけてしましそうだ。流石に汚いか。でも、いっそそれくらいしてやれば冷めてくれるかもしれないな。それとも汚れたままで事に及ぶのか。それだけは止めてほしい。
どんどん近づいてくる黒の顔を見ながらあれこれと先の事を考える。嫌な事しか予測できない先の事を………。
「朔空……」
柔らかな黒の声が、耳鳴りみたいに乱暴に鼓膜を震わせてくる。優しくて蕩けそうな声色なのに、今の俺には凶器でしかなかった。
これはもう諦めるしかない。そう覚悟を決めて、本気で吐いた時の事をシュミレーションを始めた。
「くろ……」
黒の唇が落とされる。その直前。ふと、頭上から低い声が黒を呼んだ。それと同時に黒の体が俺から一気に離れていって、急に体が軽くなった。
助かった。そう安堵しながら視線を動かすと、バベルが黒に背後から腕を回していた。
「バベル、起きたのか」
「うん、くろがうるさいから、おきちゃった」
バベルの声がいつもより低い。黒の体から僅かに見えたバベルの視線も鋭いように見えた。最初は自分が酔っているせいでそう錯覚してるのかと思ったけど、気のせいではなかったみたいだ。
「さく、しんどそう。むりやりするのは、よくない。それに、かまうならバベルをかまって」
どうやら、バベルもかなり酔っているみたいだ。トロンとした目に黒を映すバベルは、酷く火照っていた。
酒気の熱と、それとはまた違う熱。バベルからそのどちらもを感じ取って間もなく、黒は攫われるような形で俺の上からいなくなった。
「バベル、止め………」
「やめません」
視界から黒とバベルが消える。代わりにリップ音と弱々しい黒の声がすぐに聞こえてきた。初めは嫌がっているような感じだったけど、心地良さげな声に変わったのはすぐの事だ。全く、盛るなら二人きりになった時にしてほしい。
黒とバベルの甘い声。熱っぽい吐息。唾液が混ざって弾ける音。服の擦れる音。
子守唄にするには些か刺激すぎる音を聴きながら、俺はゆっくりと瞼を落としのだった。