ふわふわのスポンジに綺麗に塗られた純白のクリーム。そこにびっしりと並べられた真っ赤な苺。力作だと自信を持って言えるくらい豪華なホールケーキだ。
黒羽はそれをドヤ顔で運ぶ。その様子を見て、朔空とバベルは唖然としていた。昨日は製菓用品の特売日だったのだろうか、なんて内心で思っているのかもしれない。
「すごーい!これ、くろがつくったの!」
「もちろんだ。作った方がコスパがいいんだぞ、買うわけがないだろう」
得意げに言い放った黒羽は、二人が囲っているちゃぶ台にケーキを置く。そこまで大きいものではないが、三人で分けるには十分な大きさだ。
「それで、急に俺達を呼んでどうしたの?わざわざケーキまで準備しちゃってさ」
黒羽も腰を下ろしたタイミングで、朔空が尋ねてきた。この日は誰かの誕生日でも、ライブの打ち上げでもない。それなのに家に招かれて、さらにケーキまで出されたのだから、勘繰らずにはいられないのだろう。
だが、怪訝そうな朔空に対して黒羽は嫌な顔をするでもなく、淡々と皿やフォークを準備しながら答えた。
「理由も言わずに二人に時間を作らせたことは謝る。だが、たまにはこういう事をしてもいいと思ってな」
「バベルはさんにんでいっしょにいるのはたのしいからだいかんげい」
「まぁ、俺も嫌ってわけじゃないけど」
「それならよかった。それに、出来ることなら今日がいいと思っていたから二人とも都合がついて本当によかった」
いつもより穏やかな雰囲気の黒羽に、朔空は首を傾げる。流石にバベルも違和感を感じたみたいで、不思議そうな顔をしていた。
「くろ、きょうってなにかあった?とくべつなひなの?」
「あぁ、俺達にとってはな」
「ばべるたちにとってとうべつ………あっ!」
黒羽の一言でバベルははっとする。朔空もピンときて、バベルと顔を見合わせた。
そんな二人の反応に黒羽はやれやれとため息を漏らした。
「お前達、まさか今まで気付いてなかったのか」
「ごめん、全然分かんなかった」
「バベルもさっきようやくわかった」
「まぁ、俺もこれまでは意識していなかったからな。今更かもしれないが、改めて祝ってもいいんじゃないかと思ったんだ」
簡素な壁に掛けられたカレンダーを、黒羽はチラリと見上げる。カレンダーのとある日付には赤いマーカーで花丸の印が付けられていた。そしてその下には小さな文字で……。
「俺達、Alchemistはこの日から始まった」
これまで歩んできた道のりを振り返り、噛み締めるように黒羽は言った。
出会いはお世辞にもいいものとは言い難いものだった。クマ校長の目論見で集められ、利害の一致という理由で結成した。そして、今もお互いの目的のためにアイチュウてして活動を続けている。だが、今と昔とでは目指している場所は似ているようで、まるで違う。闇の中をひたすら彷徨い突き進むのではなく、闇を纏いながらも光り輝く場所を見据えていた。
これまで何度も衝突した。何度もいがみ合った。それぞれが離れ離れになりそうになって、解散しそうになって、もう一度同じ場所に導かれた。Alchemistが結成したての時の彼等ならば、今のような関係を築いているなどと夢にも思っていないことだろう。
「錬金術は無限の可能性を秘めている。不可能を可能にすることだってできる。Alchemist(錬金術師)を名乗る俺達もまた、歌を通じてどんな可能性だって導き出せるはずだ」
黒羽は真っ直ぐに二人を見る。そして、一呼吸間を開けてから言葉を続けた。
「朔空、バベル。改めて言わせてもらう。お前達と同じユニットでいられて、本当に良かった。これからも、よろしく頼む」
面と向かって感謝の言葉を伝えるのは中々に気恥ずかしくて、黒羽の頬は僅かに赤くなっていた。しかし、それは朔空とバベルも同じだった。
「言われなくても」
「バベルも、くろとさくと、これからもたくさんうたいたい」
照れくさそうに。嬉しそうに。三人とも顔を真っ赤にして笑う。
「さて、そろそろケーキを切り分けよう」
一人では十分すぎる大きさのちゃぶ台いっぱいに、三人分の食器が並ぶ。三人で食事をする時の為にと揃えたものだ。自分以外の物がこの家に増えていく。そんな些細な変化に改めて気付いた黒羽は目を細めた。
「今回はかなりの自信作だからな」
なるべく同じ大きさになるようにとケーキを切り分ける。黒羽は一番小さくなったものを自分のところに起き、残ったものを二人に差し出した。
「すごーい!すぽんじのなかにもいちごとくりーむがたくさん!おいしそう」
「もうプロになれるんじゃないの?」
バベルの顔がぱーっとバベルの顔が明るくなる。朔空も感服の眼差しをケーキに向けていた。黒羽は得意げに鼻を鳴らす。
「見た目だけじゃなく、味にも自信があるからな」
「へぇ、自分でハードル上げちゃうんだ。そこまで言うなら期待させてもらうからね」
「バベルも、とってもたのしみ」
三人で手を合わせて、それぞれフォークでケーキをすくい上げる。誰かと一緒に食べているからだろうか、味見をした時よりもずっと美味しく感じて黒羽は目を見開く。朔空とバベルも気に入ったようで、どんどんと頬が緩んでいた。
「すごくおいしい!ほっぺたがおちちゃいそう。くろ、つぎはふるーついりのあんぱんがたべたいです」
「あ、それなら俺にはパフェ作ってよ」
「いいだろう。ただし、次は材料費を出せよ」
「出た、ケチんぼ黒!」
「誰がケチだ!」
一人でいる時は静かな部屋に、わいわいと楽しげな声が広がっていく。いつもこれだけ賑やかなのは落ち着かないかもしれないが、たまに三人で話を弾ませるのはいいものだ。
自ずと笑みが零れる中、黒羽は今ある幸せを噛み締めた。
「くろ、さく。あのね…」
「どうした?」
「何、バベル?」
「きょう、こうやっておいわいができて、バベルはとってもしあわせ。こころがすごくぽかぽかしてるの。それでね、らいねんも、さらいねんも、ずっと、ずーっと、くろとさくと、こうやっておいわいしたいなっておもったの。だめ?」
モジモジしながら話し出すバベルに、黒羽と朔空は同時に頷いた。
「もちろん、いいに決まっているだろう」
「俺も、来年は差し入れ持ってくるよ」
「ふふっ、よかった」
バベルの柔らかな笑顔に、こちらまで心が温かくなっていく心地がした。そのまましばらく談笑しながらケーキを続いていて、ふと黒羽はある事に気付いた。
「そういえば、まだ乾杯をしていなかったな」
お祝いをしたい気持ちが先走って一番にケーキを持ってきてしまったが、やはり乾杯をしなければ締まらない。黒羽は立ち上がると冷蔵庫に向かった。中には麦茶の他に、この日のために用意しておいたビール缶が三本入っている。
「皆ビールでいいか?」
「ケーキにビールって合うの?まぁ、ビールでいいけどさ」
「バベルもびーる!おとなののみかいはとりあえずびーるがてっそく」
二人の返事を聞き、黒羽はビール缶とグラスを持って戻ってきた。早速缶を開けてグラスに注ぎ、それぞれが手に取る。乾杯の音頭を取ったのは、黒羽だ。
「それじゃあ改めて、俺達のこれからの活躍を願って、乾杯」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
三人が高々と掲げたグラスがぶつかり、カチリと音が鳴る。それぞれのグラスから放たれた音は、彼等が生み出す歌声のように綺麗に混ざり合った。