今年のハロウィンも準備は抜かりない、と朔空は自負していた。
悪戯好きな双子の対策にお菓子を多めに用意し、ポップンスターとプロデューサーには更に別個にお菓子を買っておいた。もちろんラッピングもバッチリだ。それから黒羽への悪戯用の小道具だってばっちり揃えて、全部を大きめの鞄に詰め込んだ。
あとは成り行きに任せてハロウィンを楽しむけ。そう思っていたのに、最後の最後で朔空の予想は大きく覆されることになったのだった。
学園のキッチン。そこで、朔空は黒羽と対峙していた。
二人を阻むテーブルには、砂糖でコーティングされたカボチャや秋の果物が綺麗に飾られ、惜しげなくクリームが盛られたパフェが置かれている。朔空が来るなり黒羽が冷蔵庫から無言で取り出したそれは、朔空の悪戯心に歯止めをかけるには十分すぎた。
「どうした、悪戯を仕掛けるためにわざわざ俺のところまで来たんじゃなかったのか?」
余裕綽々なドヤ顔で煽ってくる黒羽を前に、朔空は面白くなさげに顔を顰める。
黒羽の思い通りにさせるなんて癪に障る。だが、黒羽が用意した手作りパフェは朔空を葛藤させる程に魅力的だった。大好物だということもあるが、彼が作るパフェは美味しいのだ。しかも、今日を逃せばこのパフェは二度と食べれないだろう。
パフェを取るか。イタズラをするか。
まさにトリックオアトリートを迫られた朔空は、黒羽の煽りと自分の優柔不断さに苛立ちを募らせるしか出来なかった。
本来だったら、この日のために用意したメイド服を黒羽に着せて、写真を撮って、プロデューサーに送り付けて、後日「その前の写真の黒羽可愛かったよ」って言わせて、彼を恥ずかしがらせる予定だったのだ。それなのに、たったのパフェ一つに阻まれるなんて想定外すぎた。
黒羽のくせに生意気だ。そう内心で悪態を吐く。そして、ここまできたら何がなんでもパフェを食べて、悪戯もしてやろう、と朔空は頭の中で思考をフル回転させた。
お互いにパフェを挟んで無言で見つめ合う。そのまま時間だけが経過している中、不意に朔空の背後でガラッと扉の開く音がした。
朔空が思わず振り向くと、そこには魔女の帽子を被って、お菓子の沢山入ったカボチャ型のバケツを持ったバベルがニコニコ顔で立っていた。
「くろ、さく、みつけた!」
バベルの笑顔が更にパァッと明るくなる。きっと、学園内で朔空達を探し回っていたのだろう。
「バベル、どうしたの?俺達にお菓子でももらいに来た?」
「うん、くろと、さくに、とりっくおあとりーとしにきました」
屈託のない微笑みと共に、かぼちゃのバケツを差し出してくるバベルのオーラのせいか、キッチン内に張り詰めていた空気がどんどん和らいでいく。何だか毒気が抜かれた心地がした。
朔空は元々用意していたお菓子の包みを取り出して、バベルに手渡す。
「さく、ありがとう」
「どういたしまして。ほら、黒からももらっておいでよ」
「はーい」
朔空が促すと、バベルはぱたぱたと黒羽のところに小走りで近づき、お馴染みの言葉を投げかけた。黒羽もさっきまでのドヤ顔はどこへやら、頬を緩めて冷蔵庫から何かを取り出して渡していた。包みが大きいのは気のせいではないだろう。お菓子作りに張り切りすぎではないかと思ったが、その言葉はすんのところで飲み込んでおいた。
「くろも、おかしありがとう」
ニコニコ、とご満悦なバベルはしばらくお菓子のたまったバケツを見下ろしていた。それからようやくテーブルのパフェに気付いたようで、目を大きく見開いた。
「すごーい、このぱふぇ、くろがつくったの?」
「そうだ」
「とってもおいしそう。これはさくにつくったの?」
「あぁ、一応な」
バベルの問いかけに答えた途端、黒羽の目がまた意地悪く歪んだ。何か悪巧みしているなぁ、なんて思って様子を伺っていると、彼はとんでもないことを言い出した。
「バベル、食べるか?」
「えっ?」
「はぁ?何勝手に決めてるの!」
黒羽のとんでもな提案に、朔空とバベルの声が重なる。バベルも流石に遠慮しているようで、少し心配そうな顔をしながら朔空を見下ろしてきた。
「お前はあまり食べたくなさそうだからな。それならバベルにやってもいいだろう」
「何それ、誰もいらないとか言ってないでしょ」
「ふん。パフェか悪戯するかも決められないくせに」
またしても重たい空気が蔓延り始める。取り残されたバベルは一人でおろおろしていた。
「えっと、さくはどうしてぱふぇがいらないの?」
「別にいらないわけじゃないよ。ただ黒に悪戯もしたいからどうしようかなって」
「そっか。とりっく、おあ、とりーと……うーん、どっちもよくばったらだめだから……」
本当にどうでもいいことなのに、バベルまで真剣に考え始めてしまった。これには黒羽もどうすることも出来ないみたいで、バベルの様子を見守っていた。
バベルは少しの間うーん、うーん、と首を捻っていたが、何か閃いたようでハッと顔を上げた。
「あ、バベル、いいことおもいついた」
「いい事?」
「あのね、とりっくと、とりーとを、ばべるとさくで、はんぶんこしよう」
「えっ?」
「はっ?」
今度は黒羽と朔空の間抜けな声が重なる。バベルは名案だと言いたげに言葉を続けた。
「バベルとさくで、ぱふぇをはんぶんこ。それから、さくのいたずらをバベルもいっしょにはんぶんこしてたのしむの。どう?」
つまりはパフェをバベルに半分譲る代わりに、朔空のしようとしていた悪戯を共有させるということ。
バベルはさっき黒羽からお菓子をもらっていたから反則なような気もしたが、そこは敢えて無視して…
「あ、それいいね」
とあっさりと承諾した。
「よくない!」
もちろん黒羽は猛反対して、ブンブンと首を横に振る。だが、そんなこと朔空にとってはどうでもよかった。ここまできたらゴリ押してしまえばいい。
「バベル、ありがとね。お礼に果物は多めに食べていいよ」
「ほんとう!さく、やさしいね」
「優しいわけあるかぁ!」
身の危険を感じた黒羽は、朔空とバベルから距離を取るように後ずさる。反論でもすればいいのに、まさかの立場の逆転に気が動転したのか、反射的に体が動いてしまったようだ。そんな黒羽の様子を朔空はにやにやしながら、バベルは不思議そうに見ていた。
「黒、逃げたら駄目だよ。俺達のハロウィンはこれからなんだから」
「馬鹿言うな。俺は帰るからな!」
「くろ、にげちゃだめ。バベルたち、まだとりっくも、とりーともしてない」
バベルと朔空は黒羽を挟み込むように、ジリジリと追い詰めていく。キッチンはそこまで広くないから、部屋の隅まで追い詰めるまではすぐだった。
一足先にバベルが黒羽を捕まえる。その隙をみて朔空は鞄から用意していた衣装を取り出した。レースがたっぷりついたメイド服を……。
「じゃあ、今年はこれを着てね」
「はっ?」
黒羽の顔が引き攣る。逆に、バベルは目をキラキラさせていた。
「わぁ、れーすがたくさん!かわいい!」
「ね、可愛いでしょ。黒は絶対似合うと思うんだよね」
「に、似合うわけあるか!」
「だいじょうぶ、くろ、ぜったいににあう」
「バベルは黙っててくれ」
何とか逃げようと黒羽はバタバタと手足をばたつかせたが、バベルは微動だにせず彼を掴み続けた。その様子を朔空は楽しげに眺めつつ、彼の服に手をかけた。
「せめてもの情けで選ばせてあげる。俺に無理やり脱がされるのと、自分で着替えるの、どっちがいい?」
とびきりの笑顔で問いかけると、黒羽は悔しそうに顔を歪めた。
「分かった、着替えればいいんだろう!着替えれば!!」
「そうそう。素直に着てくれて嬉しいよ。じゃあ、俺はバベルとパフェ食べてるから、ゆっくり着替えてね」
「もしも、ひとりできがえられなかったら、てつだうから、いってね」
「…………」
バベルの悪気のない優しい言葉がトドメになったようで、黒羽は涙目になっていた。それでも、朔空は容赦なく黒羽にメイド服を押し付ける。
「じゃ、着替え終わったら教えてね」
それだけ言い残して、パフェが鎮座するテーブルへと戻って行った。バベルもその後に続く。背中越しにぐすん、ぐすんと鼻を啜る音が聞こえた気がしたが無視しておいた。
「さーて、お待ちかねのパフェだね」
「バベル、はやくたべたい」
「はいはい、今スプーンあげるから待ってね」
二人分のスプーンを取り出して、一つをバベルに手渡す。一応朔空用に作られたものだからだろうか、バベルは先には手をつけず、朔空が手を伸ばすまではじっとしていた。黒羽の真面目さがうつったのかな、なんて思ってしまう。
思わず込み上げてきた笑いを抑えながら、朔空はパフェのクリームを大きく掬い取る。少し行儀が悪いが口を大きく開いて一気に頬張ると、控えめな甘さが広がった。
バベルも遠慮がちにチョンチョンとパフェとつつき始める。彼の頬が蕩けたように緩みきるまで時間はかからなかった。
「おいしい」
「そうだね」
自分好みの味と甘さ。黒羽なりに考えて作ったのだろう。そう思うとあそこまで悪戯を強制したのは悪かっただろうか、なんてほんの僅かに良心が痛んだ。
「ねぇ、さく」
「何?」
「さくのはろうぃん、だいせいこう?」
「ふふっ、そうだね」
バベルの悪戯な笑みと、パフェの甘さが、仄かに灯った良心をあっという間に溶かしていく。
気付けば、朔空は笑っていた。とても楽しげに、口角を歪めて……。
あぁ、そうだ。今日はハロウィンだ。お菓子を強請って、悪戯を迫る。そんな楽しくてふざけた日だ。それに、せっかくバベルのおかげでお菓子も悪戯も手に入れたのだから、楽しまなくてはもったいない。
「バベルのおかげで欲張れちゃったよ、ありがとう」
黒羽が着替え終わるのを心待ちにしながら、朔空は彼の作ったパフェを堪能したのだった。