しっかりとメイクを施したせいか、真夏の熱気にどんどん体力を蝕まれていく心地がする。隣で座っている一誠も暑いのだろう。顔からダラダラと汗が伝い落ちていた。
ここに待機してどれだけの時間が経っただろうか。少しまでで聞こえていた慌ただしい叫び声や足音は聞こえず、近くには一誠と自分以外人の気配はないようだった。
「あやつら、どこに行ったのだろうか」
「知るかよ」
エヴァの問いかけに答えた一誠はどこか元気がなさそうだ。イライラしている様子はなく、寧ろ気落ちしているようにすら見える。もしかしたら暑さに参っただけなのかもしれないが……。
クマ校長の指示で半ば強制的にドッキリ企画に参加させられたわけだが、いざやってみると中々に面白く、エヴァも一誠も途中からは張り切っていた。エヴァからすれば魔界の住人として怪異に扮するのもまた一興だと気分が乗っていたのだ。一誠は元々ホラーというジャンルが好きだから気合いが入ったのかもしれない。
しかし、その意気込みは他のメンバーが怖がらせすぎたおかげで無下に終わろうとしていた。驚かされる側のメンバーが逃げるのに必死で、二人の待機するエリアとは別の方に逃げてしまったからだ。
こうなってしまったら追うか、彼らが戻ってくるのを待つしかない。そして後者を選んだのが、間違いだったようだ。
結局こうやって、待ちぼうけをくらってしまったのだから……。
それにしても、暑い。衣装もしっかりと着込んでいるし、窓から差し込む日光で肌がジリジリと焼かれてしまいそうだ。
「なぁ、バーサーカーよ。そろそろ…」
皆のところに行かないか、と言いかけたところで、エヴァは思わず口を止めてしまった。というのも、一誠がこちらを見つめていたからだ。
「ど、どうしたのだ?」
一誠の表情が上手く読み取れない。というのも、汗のせいでメイクが剥がれだしたようで、元のゾンビメイクが更に禍々しくなってしまっていたからだ。
まさに異形と呼ぶに相応しいその様子にエヴァが思わず目を奪われていると、一誠はいきなり笑い始めた。
「お、おい。お前、顔が……」
「顔?我の顔がどうしたのだ?」
「メイクが、溶けて、くくっ、ひっでぇ………」
そのまま一誠は腹を抱えて笑いを噛み殺す。かなりツボっているようで、肩を大きく震わせていた。
どうやら、エヴァの方のメイクも崩れてしまったようだ。気になってファンデーションに付いていた鏡で確認すると、なるほどと納得がいくほどにはメイクは崩れていた。特に口元が酷く、血糊と口紅が混ざりあって、まるでさっき人に食らいついたかのようにドロドロに汚れている。
「バーサーカーよ、そんなに笑うな。お前だって中々に酷いありさまだぞ」
「はぁ?そんなわけ……ぶふっ……」
顔を上げた一誠に鏡を向けると、自分のメイクの酷さにもウけてしまったようで、彼は再び膝に顔を埋めた。しかし、笑いは堪えきれておらず、苦しそうな嗚咽にも聞こえる笑いが不気味に盛れていた。
いつもオラついている一誠でもこんなに笑うものなのか、とエヴァは物珍しそうに見ていたが、しばらくすると彼の笑い声に別の音が混ざり出した。
複数の足音だ。そして聞き覚えのある声も聞こえる。
きっと、他のメンバーがこっちに向かってきているのだ。
「おい、バーサーカーよ。あやつらが来たぞ」
「マジかよ、この顔で出ていくのか?」
「よいではないか、おぞましさは十分に出ているぞ。むしろ……」
エヴァはこっそりと一誠に耳打ちする。すると、さっきまで笑い泣きしていた一誠は、すぐに楽しそうに笑ったのだった。
■■■■■■
「そういえば一誠とエヴァはどこにいるんだ?」
「確か、あそこの廊下で待機してもらってたんだけど……」
ドッキリ企画が終わり、驚かす側も驚かせる側も緊張の糸は解けていた。それぞれがワイワイとどんな仕掛けを使っていたのかなどを話して盛り上がっている。
そんな中で鷹通と蛮は未だに合流していない二人を探すべく皐月を先頭にして彼らのいる場所を目指していた。
特に鷹通は一誠に物申してやりたくて、今にも皐月を追い抜きそうな勢いだった。だって怖かったんだから。めちゃくちゃ怖かったんだから。今なら一誠にガツンと言ってやれると思っていたくらいには、恐怖で蓄積したエネルギーが有り余っていた。
それを止めるように少し後ろを蛮が歩いている。もちろんエヴァに早く会いたいという気持ちもあった。
皐月が指さす廊下の曲り角。そこへ鷹通はずんずんと進んでいく。そして、足元に探していた人影を見つけて、恨みがましく二人の名を呼んだ。
「一誠、エヴァ……」
だが、ゆっくりと顔を上げた二人と目が合った直後、その勢いは引っ込んでしまったのだった。色々とぶちまけてやろうと思っていた言葉もヒュッという空気の掠れた音へと虚しく代わっていた。
「鷹通、どうしたんスか?」
「二人ともそこにいるだろ?」
鷹通の背後から蛮と皐月が顔を出す。そして、鷹通と同じように小さな悲鳴を上げた。
「たかみちぃぃぃ……」
「ばぁぁん……」
ドロドロに溶けた顔。恨めしそうなギラり見開かれた目。赤黒く汚れた顔と衣服。
まるで這うようにして彼等を見上げる一誠とエヴァに、そこにいた三人はもちろん、後からやってきた残るメンバーのほとんどは顔を引き攣らせた。
その後……
「ぎゃぁぁぁーーーー!!!!」
館内どころか外にまで鷹通の大絶叫が響き渡ったのだった。