この日は朝から雪が降っていた。小さな粉雪ではなく、ふわふわとした大きな牡丹雪だ。
「今日は雪が積もるかもしれぬな」
と窓の外を見て呟いたエヴァの言葉は的中し、バベルがオンスタの誕生日配信を終えた時には、外はすっかり雪景色になっていた。日が沈み、夜色の中で街頭に照らされた雪がキラキラと輝いて、とても綺麗だ。
バベルは配信の片付けをし、撮影のために残っていたスタッフやプロデューサーに挨拶をし、早足でエントランスに向かう。彼の心はルンルンと弾んでいた。
寒いのは苦手だが、今のバベルには気にならない。温かいマフラーや手袋、もこもこのダウンコート。これまで家族や仲間が贈ってくれたプレゼント達が彼に温もりを与えているからだ。
それに、今すぐにでも外に出たくて仕方がなかったのだ。雪で染まった純白の世界はとても幻想的だろう。誰も踏んでいないフワフワの雪の感触はきっと柔らかくて、雲の上を歩くような心地なのだろう。
わくわくと膨れていく期待に心を踊らせながら、バベルは扉に手をかける。そして、グッと力を込めて扉を開けたのだった。
「えっ………」
外に出て一歩を踏み出す。しかし、そこでバベルの足は止まった。出先にとても奇妙な物が鎮座していたから……。
「こうちょう?」
エントランスを出た目と鼻の先には、巨大なクマ校長が聳(そび)えていた。正しくは雪で作られたクマ校長なのだが、バベルがずっと上を見上げるくらいの巨体をしている。それが傍にある街灯によって後光のように照らされ、とてつもないインパクトを放っていた。
いつの間にこんなものが出来上がっていたのだろう。バベルが他の仲間を見送った時にはこんなものはなかったはずだ。スタッフの誰が作ったのかもしれないが、ここまで大きな物を作り上げるのは簡単ではない。とにかく不思議で仕方がなかった。
バベルは呆然としながら、雪のクマ校長に釘付けになる。そうしていると、突然パンッ!と賑やかな音が辺りに響いた。
「わっ!」
バベルは思わず声を上げる。大きな音は丁度クマ校長の後ろあたりから聞こえていた。更に紙吹雪やカラーテープが舞っていて、それがクラッカーの音であることは直ぐに理解出来た。
「だれか、いるの?」
クマ校長の背後に隠れているであろう人物にバベルは声をかける。すると、巨大な影から見慣れた人影が姿を現した。
「待ってたよ、バベル」
「驚いてくれたっすか?」
澪と蛮だ。二人とも悪戯が上手くいった子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべていた。バベルは何度かぱちぱちと瞬きをして、自分の方に駆け寄ってくる二人を見下ろした。
「みおくんと、ばんくん。もしかして、ずっとバベルをまってくれてたの?」
「そうだよ」
バベルの右手を澪が、左手を蛮が、ぎゅっと掴む。三人とも手袋をしてるからとてともこもこして、ぬくぬくして、心地がいい。
「ちなみに、バベルを待ってるのは俺と澪だけじゃないっすよ?」
「えっ?」
蛮の言葉にバベルは首を傾げる。しかし理解するよりも前に、澪と蛮は歩き始めた。
「ばんくん、どういうこと?」
「それはもう少ししたら分かるっす!」
「もしかして、おにいちゃん?」
「もちろんエヴァ様もバベルが来るのを待ってるよ。ほら、行こう」
「……うん」
二人に導かれるままに雪の中を進んでいく。バベルが期待していた通りに、ふんわり積もった雪の上を歩くのは心地がよかった。足跡がしっかりと残っていくのも面白い。
このまま三人でたくさん足跡を付けながら家に帰ったら楽しいかもしれない、と思ったバベルだったが、その考えに反して二人は帰り道とは全く別の方向へ進もうとしていた。
「ねぇ、ふたりとも、おうちはそっちじゃないよ」
「そうだね。でも、こっちで合ってるから安心してよ」
「………うん?」
やはり、よく分からない。
疑問符を浮かべながら、バベルは連れていかれるがままに歩いていく。どうやら二人が向かっているのはグランドの方らしい。
そこに何かあるのだろうか。
不思議に思いながらも、ニコニコと笑う二人を見ていると、自然と期待で心が弾む心地がした。そして……
「わぁ!」
グランドにたどり着くのと同時に見えた景色に、バベルは目を見開いたのだった。
まるで北国の雪まつりのように、大きな雪象やかまくらが何個も並んでいる。その中でも一際目を引いたのは、たくさんの段のあるケーキの雪像だ。更にその周りにはアイチュウのメンバーが集まっていて、バベルは驚くばかりだった。
「あいちゅうのみんな?」
「そうだよ。何人かは寒いからって教室に引きこもってるけどね」
「もしかして、ぜんいんいるの?」
「そうっすよ!こんなに雪が積もることって珍しいから、雪で色々作ってバベルの誕生日をお祝いしたいなって話をエヴァ様と澪としてたら、他の皆が協力してくれたんっす!」
「そうだったんだ」
全然気付かなかった。皆普段通りに学園に来て、いつも通りに帰って行った。そう思っていたのに、バベルの知らないところではそんな計画が進んでいたのだ。
とても嬉しい。学園でたくさん「おめでとう」をもらったのに、まだ皆にお祝いしてもらえる。そう思うと心がとても温かくなった。
ほんのりと熱くなる目頭に気付いたバベルは、懸命に涙を堪える。幸せの涙でも、今は流したくない。今は思い切り笑っていたい。そう思ったからだ。
「バベル、はやくこっちに来いよ!輝が張り切って特大のバベル像作ってるぞ!」
星夜の大きな声がハッキリと耳に届く。
「それが終わったら皆で雪合戦しようぜ!」
「なるべくはやく来てね。俺、もう皆の的になるの嫌だよ。かまくらでだらだらしたい」
「我も流石に疲れたぞ」
雪玉を持ったレオンと、雪まみれでげっそりとした双海とエヴァが手招きをしている。
「寒くなったら教室に来い。お汁粉を用意しているからな」
一つだけ明るい教室からはエプロンを着た黒羽が声をかけ、中で寛いでいる睦月や桃助が手を振っている。
ここにいる皆がバベルを歓迎していることがはっきりと伝わってきた。
「バベルは人気者だね」
「どこから行くっすか?」
「えっとね、まずは……」
バベルはわくわくしながら考える。皆でわいわいと雪合戦をするのは楽しそうだけど、自分の像というのがとってもきになった。輝のことだから、きっと格好いいポーズにしてくれているはずだ。だから、まずはそこから見に行こう。その後で雪の中をたくさん走り回って、出来たら大きな雪だるまも作りたい。そして、遊び疲れてヘトヘトになったら温かいものを食べてゆっくりと休むのだ。もちろん、皆に「ありがとう」を伝えるのも忘れてはいけない。
やりたいことが次から次へと浮かんでくる。澪も蛮もそんなバベルを急かすことはせず、彼の返事を手を繋いだまま待っていた。
「みおくん、ばんくん、バベルきめたよ」
「そっか。じゃあ、一緒に行こう」
「うん」
バベルは二人の手をギュッと握る。そして、皆の待つグランドに三人で一緒に駆けて行った。
Happy Birthday Babel !!