Twitterで書いた二次創作SSを載せていくだけの場所。 夢も腐もある無法地帯。
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バベルはあのこがすき。だいすき。
だから、ずっと、ずっと、いっしょにいられるように、おにんぎょうをつくることにした。
「ねぇ、きみはバベルのこと、すき?」
これまでなんかいもきいてきたしつもん。あのこは、いつもうなずいてくれる。
きょうのへんじもいつもとおなじ。キラキラした、とてもあかるいえがおをうかべたまま、『もちろんだよ』といってくれた。
バベル、このひょうじょうすきだなぁ。
「ありがとう。バベルも、きみがすきだよ」
おにんぎょうさんにするなら、このかおがいい。
にこにこと、バベルにほほえんでくれるあのこを、ぎゅっとだきしめる。かみのけから、おはなと、おひさまのにおいがした。
「あのね、きょうはおねがいがあるの」
にげられないように、ぎゅーって、うでにちからをいれる。あのこも、バベルをだきしめかえしてくれた。うれしいなぁ。
あのこのぬくもりがどんどんつたわってきて、からだも、こころも、あたたかくなっていく。
もしも、おにんぎょうになってしまったら、このぬくもりはなくなっちゃう。にどと、かんじることができなくなる。それはとてもかなしいことだけど、あのこのぜんぶをよくばることは、きっとよくない。
だから、あのこのさいごのあたたかさを、たくさん、たくさん、たんのうした。それから、こっそりと、そばのてーぶるにおいてあった、ぱれっとないふにてをのばした。
「おねがい、バベルと、ずっと、ずっと、いっしょにいて?バベルの、バベルだけの、とくべつなおにんぎょうになって?」
こわくないように。いたくないように。
あのこがきづかないようにきをつけて、ぱれっとないふを、くびすじにはしらせた。まいにちおていれをしていたから、くびをきりさくのは、とてもかんたんだった。
あのこは、なにがおきたのかわからなかったみたい。ふしぎそうなかおで、ぼくをみあげていた。でも、あのこからふきだしたちが、かおをきょうふに、かえちゃった。
どくどくと、あのこのちが、たきみたいにあふれでてくる。なにかいおうとしたら、きずからくうきがにげて、ちしぶきをあげた。
ぼくも、あのこも、あっというまにまっかになってしまった。
あたたかい。バベルのほっぺにとびちったちは、きすをされたあとみたいに、すごくあつかった。
にんげんのちって、こんなにあたたかいんだね。しらなかったなぁ。
もしかしたら、あのこのからだのなかは、もっと、もっと、あたたかいのかもしれない。そうおもうとすこしだけきょうみがでてきたけど、せっかくのきれいなからだに、きずをふやしたくはないから、あきらめた。
「どうしたの?こわいの?バベルがそばにいるから、こわくないよ?」
だいすきだったえがおはどんどんなくなって。こわくて、なきそうなかおになっていく。
しかたがないよね。びっくりさせちゃったもんね。
でも、だいじょうぶ。きみがねむったあとで、あのかわいいかおにもどしておいてあげるから。
「ほら、めをとじて。いいこ、いいこ、してあげるから。そしたら、もうこわくないよ」
ちでよごれてしまったてで、あのこのめをおおう。はじめはていこうされたけど、それもすぐにおとなしくなった。
あのこが、かんぜんにうごかなくなるまで、ぼくはあたまをなでつづけた。ほんとうにおにんぎょうをあやしてるみたいな、ふしぎなきもちだった。
もう、ちはあふれてこない。からだもつめたくなったし、にどとこえもきけない。それがちょっとだけざんねん。
でも、それいがいの、あのこのぜんぶがバベルのうでのなかにある。それだけで、すごくしあわせだった。
「これからは、バベルがたくさんだいすきをあげるね」
これまできみからもらったぶんも、それいじょうのぶんも、たくさん、たくさん、だいすきをあげる。
まずは、よごれてしまったからだをきれいにしよう。ふたりでしゃわーをあびて、ちをあらいながそう。
そしたら、ぼうふざいをいれてくさらないようにして、みつろうをぬってひふをまもらなくちゃ。
あとは、おへやをきれいにして、あのこをかざるばしょをかくほしなくちゃ。かわいいいすにすわらせてあげたいな。
おようふくは…そうだ、うぇでぃんぐどれすにしよう。まっしろで、れーすがたくさんついたどれすをつくろう。
どこからともなく歌が聞こえてきた。とても楽しげな、子供が即興で口ずさむような不規則な旋律の歌だ。そんな軽快な歌を耳にした黒羽は、その身を硬直させた。
歌声は少しずつ大きくなっていく。それに比例して、彼の鼓動はドクリ、ドクリ、と不穏に暴れだす。
黒羽は息を潜める。乱れそうになる呼吸を必死で堪え、気配を消し、歌声が通りすぎる事を強く願った。
しかし、彼のいる部屋の扉はガラッと開け放たれ、望みは一瞬で消え去ってしまった。
「くろ、みーつけたぁ」
非情にも扉を開いた人物ことバベルは、万円の笑みを浮かべていた。
いつものふわりとした柔らかな笑顔だ。まるで日溜まりのような彼の表情とうってかわって、黒羽の顔は引きつっていた。
黒羽は知っている。彼の歌の示す意味を。そして、これから自分に訪れるであろう結末を。嫌という程に知っていた。
「どうしたの?ぐあいがわるいの?」
「いや、そういうわけではない。それより、俺を探していたのか?」
「うん、バベル、くろをさがしてた」
ニッコリ。そんな言葉がぴったりな顔で、バベルは黒羽を見下ろす。
「バベルね、くろといっしょにぽかぽかしたくなった。だから、ぎゅーってさせて」
そう答えたのと、彼の腕が黒羽を包んだのは同時だった。逃げる隙もなく、その腕の中に捕らえられてしまう。
密着した互いの心臓が、違うペースで律動しているのをありありと感じた。
「ふふっ、くろ、あったかい。しんぞうも、すごくどきどきしてる」
服超しに伝わる熱に、バベルは幸福そうに頬を緩めている。ぎゅっと手に力が入り、もっともっとと甘える姿は、まるで大きな子供だ。きっと端からはそう見えているのだろう。
しかし、黒羽は違う。彼にははっきりと彼の変化が見てとれていた。
澄みきった水のような清らかな瞳に、艶やかな色が深まっていく。あどけなさに怪しげな影がかかっていく。
ライブの時に見せる凛々しい雰囲気とはまた違う、妖艶な気配が彼を包んでいく。
「もっと、どきどきして」
バベルの指が黒羽の横髪を絡めとる。そうすることで露になった彼の耳元でバベルは甘く囀ずった。
「みみがあかくなった。かわいい」
うっとりとした吐息混じりの声と軽いリップ音に、黒羽の背筋はゾワゾワと粟立っていく。
それに気をよくしたバベルは、何回か彼の耳に唇を押し当てた。じわりと膨れ上がっていく熱を堪能するように、何度も何度も啄んでいく。
耳から伝わる柔らかな感触は甘美な痺れとなって黒羽の全身を駆け巡る。それに呑まれないようにと堪えるのが精一杯で、抵抗なんて出来そうになかった。こうなると、バベルが満足するまで待つしかない。
「くろのからだ、すごくぽかぽかになった」
五分、十分……。どれくらいの時間が経過しただろうか。
燃えるように火照った黒羽を、バベルは思いきり抱きしめる。まるで子供がぬいぐるみを大切に抱えるように、しっかりと腕に力を込める。
黒羽はぼんやりとした思考の中で、未だに残る甘い余韻を感じていた。
(こいつにも困ったものだ……)
本人は甘えているつもりなのだろう。人の温もりを強く求めているだけなのだろう。
出来ればその思いに応えてやりたいと思う。思うのだが、毎度こうやって温もりを得るために愛撫される事へと強い抵抗は拭えずにいた。そして、これからもずっと慣れることはないだろう。
「くろ…」
「どうした?」
「こっちむいて」
ふわり、と唇に柔らかい熱が広がる。ただ触れ合うだけの軽い口付けなのに、たったそれ一つでどうにかなってしまいそうだ。
「くろ、だーいすき」
うっとりと細められたバベルの目には色情の気配が宿っている。それに本人はまだ気付いていない。
(頼むから気付かないでくれ)
バベルの目を見詰め返しながら、黒羽は願う。
純粋な愛情だけならいくらでも与えて構わない。だが、それ以上のもっとドロドロとした欲情を向けられる日が来たとしたら……。そう思うと恐ろしくて堪らなかった。
きっと、自分も彼も、止まれない。堕ちるところまで堕ちてしまうだろうから。
ふと、またあの歌が聞こえてきた。これまで何度も耳にした、バベルが黒羽を求める時に歌う歌。
これはサインだ。黒羽とバベルしか知らない、二人だけの、形のない、目には見えないサイン。それが示すのは純粋な愛慕か、それとも………。
アイドルという職業は多忙だ。いや、厳密にはアイドルの途中段階なんだが、それでもプライベートの時間を作るのは容易ではない。
それが誰かと予定を合わせようものなら、尚更だ。
現にやっとのことで調整した休みだというのに、外は生憎の雨。しかも台風だ。
「なぁに不貞腐れてやがる」
「別に不貞腐れてなどいない。お前の腕が邪魔なだけだ」
「悪いなぁ、俺はお前よりデカいからやり場に困るんだよ」
暗い部屋で、テレビの明かりだけがぼんやりと光を伸ばしている。そこに映される動物ドキュメンタリー映画を、轟一誠と何となく眺めていた。
いや、見ているのは俺だけだ。やつはさっきから俺にちょっかいばかりかけて遊んでいる。テレビなんて全く見ていない。
「おい、テレビを見ないなら切れ。電気代が勿体ないだろ」
「あ?何だよ、退屈しねぇようにつけてやったのによぉ?」
「これは赤羽根双海が置いていったDVDだろ。何故お前の家まで来てナマケモノの映像を延々と見せられなくてはならないんだ」
「仕方がねぇだろ。これくらいしか時間を潰すものがねぇんだよ」
轟一誠は全く悪びれた様子を見せない。それどころか、笑いだす始末だ。
折角の休みだというのに、こいつはこんな過ごし方でいいのか?俺には理解できない。
「何か言いたげな顔してるな」
「お前のせいだろう」
「そうかよ。 それならお前は何がしたいのか教えてくれよ」
轟一誠の腕が腰に回される。いい加減にしてほしくて振りほどこうとしたが、やつの腕はビクリとも動かなかった。
横目で見上げると、挑発するような目と視線が重なった。
「なぁ、お前は俺と何がしたいんだ?」
さっきよりも一段と低い声に、鋭い視線に、一瞬だけ気圧されそうになる。すぐに我に返ったが、一度乱れた鼓動はしばらく落ち着きそうになかった。
それを悟られるのも癪だったから、俺もやつを睨み返す。恐らくこいつには意味のない抵抗かもしれないが、しおらしくしてやるつもりなど更々ない。
「俺はお前をもっと見ていたい。お前と、今ここでしか出来ないことがしたい。それじゃ不満か?」
「いいや、悪くねぇ」
轟一誠が嗤う。暗がりの闇のせいで、やつの目がいつもより一層煌めいて見えた。
だが、やつの顔を拝んでいられるのも束の間だった。視野が回り、心もとない光を放つ照明が灯る天井が現れる。
「お前から煽ったんだ。楽しませてくれよ?」
「俺をその気にさせられたら考えてやる」
「生意気なこと言ってくれるじゃねぇか。優しくしてやらねぇから覚悟しろ。あぁそうだ、ちょっとくらいなら鳴いてもいいぜ?この雨だ、お前の声も洗い流してくれるだろうよ」
再び俺の視野を埋め尽くした奴は、危険な光を孕んだ目をしていた。
珍しくバベルが落ち込んでいた。いや、これは落ち込んでいる…のか?
ライブの打ち合わせを始めてから数時間が経過した。朝からかなり話し込んだから、それなりに構成や演出についてまとまってきたのはいいんだけど、会話の所々に紛れ込んでくるバベルの溜め息の数が尋常ではなくて、ずっと気になって仕方がなかった。
当の本人は無意識みたいだけど、俺と黒はそうもいかない。特に黒は時々眉間に皺を寄せていた程だ。
「バベル、ちょっといい?」
このまま話を続けていても埒が明かない。だから、区切りのいいところで思いきってバベルに話を振ってみたのだった。
いつもの黒なら『雑談なんて時間の無駄だ』って怒るけど、今回は目を瞑ってくれたみたいだ。お咎めの言葉は返ってこなかったから、そのまま話を進めるとこにした。
「さっきからずっと溜め息を吐いてるみたいだけど、何かあった?」
「んー、バベル、ためいきついてた?」
「うん、かなり。ものすごく気になってたんだけど…」
俺の言葉に賛同するように黒も頷く。
バベルは言われて漸く気付いたみたいだったけど、思い当たる事があったみたいだ。一瞬だけハッと目を見開いたかと思うと、しょんぼりと眉を八の字に下げてしまった。
「もしも嫌じゃなかったら、俺達に話してよ?」
「え、でも、これはバベルのもんだい」
「そんなの気にしちゃ駄目だよ。同じグループのよしみだし、相談くらいのるよ」
「あぁ、お前がそんな調子だと話が進まない。さっさと話せ」
「……くろ、さく、ありがとう」
バベルの沈んでいた表情に少しだけ明るさが戻ってた。たったそれだけの変化だけど、見ていて何だかホッとする心地だった。
それにしても、バベルがここまで悩む事なんてあるんだなぁ。
「バベル、ここまえ、あのこにちゅってしたの」
「ん?」
リベルセルクの誰かと何かあったのか、なんて思っていたけど、いきなり惚気話が始まった。
バベルが言っている『あのこ』には心当たりがある。寧ろ、一人しか思い付かない。少し年上のエトワールのスタッフちゃんだ。バベルがあの人を慕っているのは、俺も黒も知っていた。いや、アイチュウなら誰でも知っているかもしれない。
「あのこからあまいかおりがしてた。だから、ちゅってしたらおいしそうだなっておもって、くちびるにかるくきすしたの」
おー、バベルったら大胆なことするなぁ。
「すごく、すごく、おいしかった。だから、がまんできなくてよくばった」
「へぇ………」
普段はぼんやりしてるくせに、時々発揮される行動力には驚かされる事がある。今回もそうだった。
面食らってしまって、バベルの言ってることが上手く頭に入ってきていない。
つまり、スタッフちゃんが好きすぎてキスして止まらなくなっちゃって事……でいいのかな。本当に、何をやっているんだか。
俺だってプロデューサーちゃんにそんなことした事ないとに。ちょっと羨ましい。
「はぁー、お前は何をやっているんだ」
黒も頭を抱えているみたいだ。うん、分かるよ。身内のディープな恋話ってどう反応していいのか困るよね。
「バベル、あのこをなかせちゃった。それから、バベルとめをあわせてくれなくて…。バベルのこと、きらいになってたらどうしよう」
呆れる黒と、苦慮してる俺と、今にも泣き出しそうなバベル。何この空間?
「まぁ、そこまで深刻に考えなくても大丈夫だとは思うけど」
「でも……」
「大丈夫だって。たぶん照れてるだけでしょ」
取り敢えず、バベルの頭を撫でて慰める。俺より大きい筈なのに、今は縮こまっていて小さく感じてしまう。
今はあんまりキツイ事は言わない方がいいだろうから、念のために黒に目を向ける。俺の言いたい事を察してくれたみたいで、黒は小さく頷いた。
「アイドルを目指す者として色恋沙汰に現を抜かす事にはあまり賛同出来ないが、誰だって過ちはおかしてしまうものだからな。次からは気を付けろ」
「そうそう。さっきも言ったけどさ、別にスタッフちゃんに嫌がられたわけじゃないんでしょ?」
「でも、ないてた」
「いや、それは………」
ぶっちゃけ、キスされ過ぎて感じちゃっただけじゃない?
そう言おうとしたけど、黒に脇をどつかれて阻まれた。普通に痛い。
軽く黒を睨むと、シレッと目を反らされた。酷いなぁ。
「ねぇ、黒」
「何だ?」
やられっぱなしじゃ癪だから、仕返しがてら黒を手招く。怪訝そうな顔をしながらも、黒は少し俺の方に振り向いた。その隙に黒の胸ぐらを掴んで、自分の方に引き寄せる。
「おい、何をする。服が延び……んっ⁉」
文句を言おうと開いた口をそのまま塞いでやった。ついでに舌も絡める。
さっきまで俺に撫でられていたバベルに見せつけるようにして、何度も口を重ね直す。
「さ、さく⁉」
これにはバベルも仰天したみたいで、伏せがちだった目を見開いていた。
一方で黒は必死で俺から逃げようとしていたけど、すぐに力は抜けていった。みるみる顔が赤くなって、息継ぎの度に抵抗が弱まっていく。腰を撫でるとビクッと体が跳ね上がって、更に色を増していく。
「っはぁ……朔空、お前、何して……」
「うわぁ、黒ったら厭らしい顔」
「何をふざけて……」
「ふざけてないよ。バベルに教えてあげようと思ってさ」
黒を解放して、バベルの方を見る。
「あのさぁ、今の黒とバベルがキスした後のスタッフちゃんって似てない?」
「うーん……にてるきがする」
「それなら大丈夫。これ、嫌じゃなくて気持ちがいいって顔だから」
「きもちがいい?」
「そうそう」
勝手に話を進められて、黒は何か言いたげな目をしていたけど、呼吸を整えるのに必死みたいだった。ちょっとやり過ぎてしまったかもしれない。
「くろ、だいじょうぶ?」
肩を上下させながら、黒は頭を縦に振る。
「きもちがよかった?」
「⁉」
これには流石に認めたくなかったみたいだけど、心配そうなバベルを見て諦めたらしい。渋々と頷いていた。
そこでようやく、バベルにいつもの明るさが戻ってきた。ふわふわした笑顔浮かび上がる。
「そっか、バベル、きらわれたわけじゃなかったんだ。よかった。さく、くろ、そうだんにのってくれてありがとう」
「いやいや、これくらいならいつでも相談にのるよ」
「あぁ、そうだな」
黒もやっと落ち着いたみたいだ。まだ目は潤んでるけど、めちゃくちゃ怒っている。あ、これはやり過ぎたかもしれないな。
「バベルの悩みも一段落ついたんだ。一旦休憩を挟んで、打ち合わせを再開するぞ」
「はーい」
「了解」
不安がなくなって気持ちが晴れやかになったバベルは、ルンルンと軽い足取りで部屋を出ていく。俺もそれに続こうと立ち上がる。
黒の苛立ちがおさまるまでプロデューサーちゃんのところに行って癒しを補給しよう。
そう思い立って部屋を出ようとしたけど、黒にガッチリと腕を掴まれて邪魔された。
「何するの?俺、プロデューサーちゃんのところに行きたいんだけど」
「行かせると思うか?」
腕を掴む力が強くなっていく。痛いくらいだ。
「黒、顔が怖いんだけど…」
「誰のせいだ?」
「ごめんって。謝るから赦してくれない?」
「赦すわけがないだろう」
あ、これは駄目だな。どう考えても逃げ出せない状況に苦笑する。
そうしている間に、目をギラつかせた黒の顔が近付いてきて…
「次はお前が泣け」
俺の息が止まった。
柄にもなく可愛らしいリップクリームをかってしまった。正しくは、心ちゃんにお揃いで買おうと押しきられたのだけれど…。
自分では絶対に選ばないような淡いピンク色のそれは、ほんのりと苺の香りがついている。試しに塗ってみたのだが、甘味の強いその香りは、やっぱり自分には似つかわしくないように思えてならない。
そもそも、15歳の青春真っ盛りな子ならまだしも、三十路が迫った大人が使うというのはどうなのだろうか。そんな抵抗感が拭えなかった。
「どうしたの?こわいかおしてる」
「へっ?」
考え事に没頭していたせいで、誰かが部屋に入ってくる気配に全く気がつかなかった。慌てて声のする方を見上げると、バベル君が不思議そうにこちらを見下ろしていた。
「すごくみけんにしわがよってるよ。くろみたい。なにかあったの?」
「あ、いや、特に何か困ってるとかではないんだけど……」
どうやら本気で心配している様子のバベル君に申し訳なさが込み上げてきた。同時に、そんなに険しい顔をしていたのか、と恥ずかしくもなった。
「ところで、バベル君はどうしてここにいるの?今日は授業はないの?」
「うん、きょうはうたのれんしゅうとらいぶのうちあわせだけ。さっきおわったところ」
「そうだったんだね。お疲れ様」
「うん。バベル、きょうもたくさんがんばった」
八の字に下がっていた眉が、緩やかな弧を描き、いつもの笑顔に戻る。何だか『誉めて』と言っているようか気がして、手を伸ばすと、彼は届くところまで身を屈めてくれた。
そのままよしよしと頭を撫で下ろす。
「ふふっ、きみになでられるの、すごくすき。うれしくて、こころがすごーくあったかくなる」
バベル君の笑顔がより明るくなっていく。
「それに、きょうはなんだかいいにおいがするね」
きっとさっき塗ったリップクリームの香りだろう。それを伝えようとしたが、それよりも先に彼は香りの元を嗅ぎ付けたらしい。
バベル君との距離が一気に近づいた。
あどけなさの残る顔をしているが、その整いすぎた面立ちは刺激が強すぎて、つい俯きがちになってしまう。
「バベル君、近い!近い!」
「ちかくない、ちかくない」
グイッと顔を持ち上げられ、唇に彼の鼻が触れそうになる。痛くないように力を加減しているみたいだったけど、逃がしてはくれそうになかった。
「ふふ、みつけた。ここ、すごくあまいかおりがする」
バベル君の綺麗な青い目に私が映り込む。
「ねぇ、いまきみにちゅってしたら、どんなあじがするかな?」
「えっ?」
何を言っているの?そう言おうとした言葉は、とても短いリップ音に遮られた。
ほんの一瞬だった。ふわりと唇に柔らかな温もりと微かな痺れの余韻がなければ気のせいだと思ったかもしれない。
「な、バベル君、何して……」
「んー、やっぱりすごくあまいあじがするね。とってもおいしい」
まるで美味しい食べ物を吟味するように、ペロリと舌舐めずりする仕草に思わずドキリとしてしまう。そのまま彼に目を奪われていると、再び視線が重なった。
「ねぇ、もっときみをちょうだい?あまーい、きみを、たくさん、たくさん、たべさせて?」
蛇に睨まれた蛙とでも言えばいいのだろうか。動けない私に向けられている目は優しい筈なのに、捕食者にしか見えなかった。
一体どこから沸いてきたのか。部屋をところ構わず埋め尽くす謎の物体に、黒羽は顔を引きつらせた。
恐らく生き物なのだろう。粘性の液体を垂らし、ゆっくりと蠢くそれは、映画やゲームなどでたまにクリーチャーとして描かれる触手を彷彿とさせる。
現実世界においてそんなものは存在しない。してはいけない筈だ。それなのに、得たいのしれないそれらは、確実に黒羽に迫りつつあった。
逃げようにも、壁一面にそれらは蔓延っている。床も埋もれていて、彼が寝ていたベッドとテーブルの上だけが未だに侵食されていない領域だ。運悪くスマートフォンの入った鞄は床に置いてあったため、拾うことは出来なかった。
「く、くるな……」
身を守る為に使えそうなものもなく、黒羽はただ自分に迫りくるそれらの群れを見ている事しか出来ないでいた。
それらは互いを押し退け合うようにして、ヌチャリヌチャリと気持ちの悪い音を立てながら確実に黒羽に狙いを定めている。動きが遅いのが災いしてその動きをハッキリと肉眼でとらえてしまい、おぞましさを増幅させていた。
「ヒァッ⁉」
目の前のそれらに気を取られていたせいで、背後にヌルリと広がった柔らかな感触に、黒羽は思わず悲鳴をあげた。視界の端に、太い触手の姿が写り込む。それは彼の肩から背中にかけて這いずろうとしていて、ゾワリと背筋が凍りついた。
「この、離れろ」
このままではどうなってしまうか分からない。黒羽は反射的に背中のそれを掴むと強くて引いた。しかし、触手は簡単に剥がれたがそのまま腕に絡まり、逆に動きを止められてしまった。
しまった、と後悔したのも束の間。今度は足からも別の触手が何本か這い上がってきて、蹴り払うよりも先に下肢の動きを封じられてしまった。
これで逃げることも、抵抗することも出来なくなった。その絶望感に、黒羽は純粋な恐怖を感じた。
自分は一体どうなるのか。殺されるのか、それとも……。
ふと、朔空が見ていたホラー映画の内容が脳裏を過った。かなり古い映画だったが、宿主の人間に寄生するもの、食うもの、繁殖に利用するものなど様々なものが出てきたはずだ。
自分の末路もそのどれかなのかもしれない。それならば、せめて一思いに殺してほしい。そんな事を考えながら、黒羽は全身を這いずる触手の嫌悪感に耐える事しか出来ないでいた。
「うっ、ぐ……」
一際大城な触手が覗き込むように迫ってくる。それを睨み返した直後、喉に凄まじい圧迫感を感じた。別の触手が喉に絡み付き、締め付けたのだ。
反射的に酸素を求めて口を開く。しかし、更に追い討ちをかけるように、目の前のそれは黒羽の口をこじ開けて、喉の奥へと侵入した。
外からも、内からも気管を圧迫され、完全に呼吸が止まる。その苦しさと、口内の気持ちの悪さに涙が溢れた。
これまで味わった事のない苦痛に気が狂いそうになりなる。しかし、幸いにも意識はすぐに薄れ始め、長い蹂躙もなく死ねるであろう
未来に黒羽は安堵したのだった。
眩しい。瞼を焼くような強い光に、黒羽は低く唸る。
体が酷く怠い。それに気分も悪い。
ボーッとする頭を抱えて身を起こすと、そこは普段と変わりのない自室だった。いや、いつもと違う事が一つだけある。
床には布団が二枚敷かれていて、朔空とバベルが心地よさげに寝息を立てていた。
そうだ、昨夜は二人が泊まりにきていたのだ。そして、朔空がたまにはホラー映画でも見ようと言ってDVDを持参して、それから……。
「あれは……夢か…………」
ふと、さっきまで見ていた悪夢がうっすらと蘇り、再び腹の底からゾワリと寒気が込み上げてきた。あんな最悪な夢など久々に見ただろう。
「よくあんなものがまともに見れるな。そもそも人の家に泊まりに来て観るような映画じゃないだろう」
この悪夢のきっかけになったであろう机の上のDVDと朔空を交互に見ながら、黒羽は深々とため息を吐く。
朔空が起きたら文句の一つでも言ってやろう。そう心に近い、黒羽は再び横になり目を閉じた。
小さな筆が爪を滑っていく。その軌跡を示すように紫のラインが伸びていく。
ゆっくりと、丁寧に。バベルはエヴァの爪の一つ一つにマニキュアを塗っていく。
アイドルを目指し、ステージに立つ両者はそれなりに化粧を施すことがあるが、自らで行うことはほとんどない。それにも関わらず、ムラを一つ作らずに爪を彩っていく様子に、エヴァは目を見張った。
「バベル、お前は化粧も上手いのだな」
元々彼が器用であることは知っているが、弟の新たな一面を知れた事に、エヴァは心から幸福を感じていた。一方で、兄に褒められた嬉しさに、バベルもふわりと目を細めた。
「おにいちゃんをきれいにしたくて、こころくんにおしえてもらったの」
「そうか、それではセイレーンには礼を言っておかねばならないな」
「うん。バベルも、ありがとういいにいく」
左手全ての爪が彩られ、きちんと乾くようにとLEDライトが当てられる。その手際のよさから、彼が何度も練習したであろうことがエヴァは容易に想像できた。
「我の為に、ありがとう」
「バベルがやりたいっておもったの。だから、おにいちゃんこそ、バベルのおねがいをきいてくれてありがとう」
バベルは微笑みを携えたまま、エヴァの右手を取り、またせっせとマニキュアを塗り始めた。
「ところで、何故我にこのような事を?」
「んー、えっとね、バベル、むらさきいろがだいすきなの。それでね、おにいちゃんにもバベルのだいすきないろをみにつけてほしいなっておもった。そしたら、ちょうどきれいなむらさきをみつけたから、しょうどうがいしちゃってた」
「ほう、そうか」
弟の好きな色。些細な事だが、また新しく彼の事を知ることが出来、エヴァは目尻を下げた。
二人が再会してからまだ時間はそこまで経っていない。齢429年の歳月はあまりにも多くのものを取り零してしまったのだろう。
それを取り戻すことは出来ない。だが、新たに作ることは幾らでも可能だ。
過去を嘆くくらいなら、これからの未来を幸せにするように尽力する方がずっといい。
「よし、おわった。こんかいはすごくじしんがあるよ!」
「うむ、見事なものだ。プロ顔負けだな」
エヴァが考え事をしている間に、右手の爪も全て紫色に染まっていた。深みがあり、とても落ち着いた紫だ。彼がAlchemistのメンバーとして纏う色でもある。
満足げに自分の塗った爪を見下ろす弟の頭を、エヴァは優しく撫でる。色は違えど、サラサラとしたその手触りは自分のそれととても似ていた。
「そうだ、バベルよ、少し待っていてくれ」
自分からも何かしてやれることはないか。そう考えて、ある事を思い付いたエヴァは、側にある机からあるものを取り出した。
「それ、なに?」
「これはルージュだ。我がよく使うものだな」
興味津々でルージュを見つめるバベルに、エヴァはクスリと笑う。
「お前は紫が好きだと言っただろう。我が好きな色は漆黒。ちょうどこれと同じ色だ」
ゆっくりと蓋を外す。中から姿を見せたそれは、暗闇のような黒色をしていた。
バベルの目がキラキラと輝く。
「わぁ、おにいちゃんのいろだ」
「はっはっはっ!そうだろう。我に相応しい闇の色だ。今回は、お前にも少し分けてやろう」
「え、いいの?」
「もちろんだ。さぁ、少し屈んでくれ」
「うん」
手の届くところまで体を傾けるバベルに、エヴァはそっと手を添える。そして、いつも自分にするように、軽くルージュを滑らせた。
重く黒々とした見た目とは相反し、優しい黒が彼の唇に広がる。
「さぁ、出来たぞ」
「ありがとう。ふふっ、うれしいなぁ」
部屋にある姿見に自分の姿が映っている事に気付いたバベルは、闇を落とされた己の唇で弧を描いた。
「ねぇ、おにいちゃん」
「何だ?」
「おにいちゃんにはバベルのいろ。バベルにはおにいちゃんのいろ。これで、おしごとではなればなれになってもさみしくないね」
「あぁ、そうだな」
ファンから贈られるか、仕事で触るか。花との関わりなどそれくらいだろう。そもそも仕事が忙しくて家でのんびり植物の世話などしていられないし、そんな自分の姿など想像も出来ないでいた。
だから、ズイッと差し出された赤黒い花を目の前にして、どう反応するべきか頭を悩ませたのだった。
「おい、それをどうするつもりだ?」
「何って一誠さんにプレゼントしに来たんだよ!」
今回この花束を持ってきたのはファンでもスタッフでもない。後輩であり、同じ事務所に所属する及川桃助だ。
彼はえへへ、と太陽みたいな笑顔を浮かべている。その眩しさと花の鮮やかさに、轟一誠は目眩を感じた。
彼が何を思ってこんなことをしているのか、さっぱり理解出来ない。
「俺に花なんて持って来んな。似合わねぇだろーが」
「そんなことないもん!」
「あ"?」
思わず凄んでしまったが、及川桃助は全く動じた様子はなかった。何かあるとすぐに『ふぇぇー』と涙目になるはずなのだが、今の彼に気の弱さは全く感じられない。
それどころか、更に花束を轟一誠に押し付ける。その強引さに、彼の方が動揺したくらいだ。
「一誠さんって赤色似合うでしょ?このお花さんも赤色だし、薔薇だから雰囲気も大人っぽくて素敵だよ」
これでもかと近付く花から、落ち着いた香りが漂ってくる。あまり甘みの少ない香りをした品種のようだ。
「これね、桃が育てたお花さんなんだよ。たくさん咲いたから、一誠さんにあげたくなったの?ねぇ、もらってくれない?」
「ちっ、仕方がねぇな」
「やったー、ありがとう!」
きっとどれだけ凄んで見せても、彼は諦めないだろう。それならば、こっちから折れた方方がいい。
轟一誠はそう自分に言い聞かせ、半ば奪い取るようにして花束を受け取った。
乱暴な素振りをされても、及川桃助の笑顔が崩れることはなかった。それどころか、喜びに目をキラキラと輝かせていた。余程嬉しかったのだろう。
「えへへ、嬉しいなぁ。大切にしてね」
「おぅ、もらっちまったからには枯れるまで世話してやる」
「ありがとう!じゃあ、桃はお仕事があるから、もう行くね!」
花の残り香を髪に纏って、及川桃助は弾む足取りで彼の元を去って行った。その姿はみるみる小さくなっていく。
まるで爽やかな風のようだ。
轟一誠は彼の姿が見えなくなってからも、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「あれ一誠じゃん。花束なんて持ってどうしたの?もしかして、コレ?」
さて、この花束をどうしたものか。そんな事を考えていると、聞き慣れた声が背後から迫ってきた。赤羽根双海だ。彼の少し後ろでは、三千院鷹通が不思議そうに花束を見つめていた。
やって来て早々に笑えない冗談をかましてきた赤羽根双海に、轟一誠は眉を潜める。
「ふざけたこと抜かしてるんじゃねぇよ。それより、今日は取材じゃなかったのか?」
「さっき終わったところ」
「そうかよ」
「ねぇ、話反らさないでよ。それ、どうしたの?」
「しつけぇな。及川から押し付けられたんだよ。自分で育てたんだとよ」
やたらと絡んでくる赤羽根双海に苛立ちながらも答える。しかし、当の本人はヘラリとして全く怖がる様子も反省する様子もなかった。
だが、三千院鷹通は違った。
「それは本当に及川桃助からもらったものなのか?」
「あ"ぁ?さっきそう言ったろ」
「……すまない」
「どうした、何かあんのかよ?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
何か思うところがありそうだったが、彼は口を閉ざしてしまった。気にするなと言われても、気になって仕方がないのだが、無理やり口を割らせるのもどうかと思い、轟一誠はモヤモヤした気持ちと苛立ちを溜め息と一緒に吐き出した。
「おしゃべりは終わりだ。さっさと帰るぞ」
「はいはーい」
轟一誠に赤羽根双海が続く。
「黒い薔薇。まさかなぁ……」
微かに脳裏に過る疑念を振り捨てて、三千院鷹通も後を追った。
黒い薔薇の花言葉は『貴方はあくまで私のもの』